アルジャジーラ記者、アッルーニ氏逮捕(スペイン)1 2005/09

スペイン暗黒裁判の記録スペイン暗黒裁判の記録
スペイン司法、言論封殺のクロノロジー


アッルーニ被告、19日判決を前に収監される

(9月18日) アルジャジーラ.ネットの報道要旨

 16日、スペイン警察は、アッルーニ被告に対する判決言い渡しが当初予定の今月26日から、19日に早まったと発表、同日、アッルーニ被告を再収監しました。ホセ弁護士によれば、この再収監そのものは、何ら法律に違反するものではありませんが、アッルーニ被告は最近母親が病死したとの報を受けたばかりであり、母の葬儀への出席を許可されないばかりか、収監されたことで精神的ダメージを受けているということです。

被告人質問始まる

アルカーイダのスペイン細胞」に関する前代未聞の大裁判がマドリードで開始され、アッルーニ被告に対する被告人質問が行われました

(5月16日) アルジャジーラの報道要旨

 16日、スペイン法廷はいわゆる「アルカーイダ・スペイン細胞」事件に関して、タイシール・アッルーニ被告に対する被告人質問を行いました。午前、検察側は被告がスペインに居住するに至った理由、主犯格とされる人物との関係、アフガニスタン特派員時代のアルジャジーラにおける勤務の実態、オサマ・ビンラディンと会見したときの状況、及び同人から度々メッセージを受け取ったときの状況などについて質問しました。

 質問は、まず「アルカーイダ・スペイン細胞」の主犯格とされるシリア人バラカート・ジャルカス(アブ・ダハダハ)との関係に及びましたが、アッルーニ被告は、単なる友人関係だったと述べ、アブ・ダハダハがスペイン在住のアラブ人をアフガニスタンに送り込んでいるとは知らなかったと証言しました。また、アフガニスタンのタリバン政府(当時)との関係については、同国で世界に先がけてアルジャジーラが支局設置の許可を得られるよう同政府の外務省と連絡をとっていたものだと述べました。そして、ビンラディンが特別の便宜を彼に与えたということはなく、(ビンラディンらと接触できたのは)当時、アルジャジーラがアフガニスタンにおける唯一のメディアであったからだろうと述べました。アフガニスタンに資金を運搬したとの容疑については、いずれも極めて少額の現金を人道的機関に手渡す助けをしたに過ぎないと述べました。

 ホセ・ギャラン弁護士(アッルーニ被告の弁護士)談話
 「法廷での被告の発言は明確だった。被告が無実であることについては一点の曇りもない。すべての容疑は捏造されたもので、証拠はスペイン治安当局がでっち上げたものだ。」

 また、公判を傍聴したアラブ・国際人権団体に所属する人々の間からも証拠に対する疑問の声が上がっています。アラブ人権委員会会長のダーギル女史
 「容疑を確証するような証拠は全くありません。逆に、疑わしいものばかりです。まず、電話会話の盗聴内容については、実質的な意味のあるものがなく、多くの翻訳の間違いが発見されました。それが、容疑の基礎になっています」

 法廷は、その他の容疑者に対する審問を7月まで継続し、判決は今夏、または今秋に予定されています。多くの専門家は、裁判は、スペイン情報当局が提出するであろう決定的な証拠がない限り、証拠不充分であり、有罪の立証は困難なまま展開するのではないかと見ています。

アッルーニ記者、釈放される

(3月16日)

 スペイン当局は、16日健康上の理由による保釈請求を認めてタイシール・アッルーニ記者を釈放し、同記者は「自宅軟禁」の状態に移りました。

アッルーニ記者の釈放を求め動き

1月31日、マドリッドで100人を超える欧州、アラブの知識人、ジャーナリストが集い、タイシール・アッルーニ記者の保釈を求めました。この国際シンポジウムは、「アッルーニ記者弁護のための国際委員会」の主催によって開かれ、「国境なき記者団」、「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」、「国際アムネスティ」をはじめとする各種人権擁護、記者組織の代表、及びジャーナリストが個人の資格で参加しました。

「国境なき記者団」のフェルナンド・カスティロ主幹は、「私たちは単にアッルーニ記者を健康上の理由から保釈するよう求めているのではありません。私たちは同記者があらゆる容疑に関して無実であることを信じています」と述べました。

昨年(2004年)の11月20日以来、無期限の未決拘留下にあるアッルーニ記者は、心臓や、ヘルニアなどの持病に苦しんでいます。スペイン当局は一切の特別の取扱いを認めていませんでしたが、漸く2月初旬、医師による検診を認める決定を同記者に伝えたということです。これは、上記シンポジウムが世間の注目を集めたことと無縁ではない、と上記国際委員会は考えている、ということです。

アルジャジーラがインタビューした、あるスペイン人記者は、「私も、バスクの非合法組織との連絡手段を持っている。記者としては当たり前のことであり、そのことで逮捕されたのではかなわない。」と述べました。

新谷恵司は、2004年初夏、保釈中のアッルーニ記者にグラナダで会った際、アッルーニ記者が次のように述べるのを聞きました。

「私がもしアメリカ人であったなら、西当局が私を逮捕することなど考えられなかっただろう。この逮捕は人種差別そのものである。私の肌に色がついているから、あやしい、というそれだけだ。そもそも容疑の確定していないイスラム過激主義者と付き合っていた、ということを問題にしている。何一つ、具体的な証拠のない逮捕である。」

スペインのテロ対策は人権侵害

(1月27日)
アメリカの民間人権擁護団体「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」は、スペイン政府の対テロ取締りが被疑者の人権を完全に無視しているとして、被疑者の拘留・取調べに関して、国際的な基準に従うよう求めました。

アッルーニ記者、再逮捕される

タイシール・アッルーニ記者(49)は、2004年11月20日、自宅を出て仕事場に向かっていたところをグラナダ警察当局に身柄拘束されました。スペイン当局は今日まで、如何なる保釈請求、世界の各人権擁護団体、マスコミ関係団体の陳情にも応じていません。

報道によれば、スペイン当局はアッルーニ記者再逮捕の理由を当初明らかにしませんでしたが、後に「逃亡の恐れ」を挙げた由です。これが事実とすれば、本件再逮捕は極めて異例な逮捕権の濫用であると考えられます。同記者は、下記の保釈後、逃亡の姿勢のかけらも見せず、逆に裁判によって同記者の身の潔白が証明されることを楽しみに、同記者の愛するアンダルシア地方グラナダで、おだやかな生活を送っていました。

新谷恵司は、日本のテレビ番組の取材班に同行して、2004年の初夏、アッルーニ記者をグラナダに訪ねました。同記者からは、スペイン警察の捜査、起訴がいかに杜撰であったかについて詳しい話を聞くことができましたが、被疑者からの片聞きですので、あえて公表して、これが真実だろうと述べるつもりはありません。

しかし、その話は、再逮捕時に同記者の妻ファーティマさんがアルジャジーラのインタビューに答えて言った言葉:「ガルソン予審判事は、アッルーニを有罪にしたくて気が狂っている」という感想にピタリと一致しています。極めて不当な人権侵害、言論封殺が行われている色彩が濃いと思われます。

1.アッルーニ記者、起訴される(2003年9月17日、アルジャジーラ・ネット)
 タイシール・アッルーニ

アルジャジーラ記者の逮捕

アッルーニ記者
(注:アッルーニ記者は本件記事後の2003年10月22日、保釈金6000ユーロで保釈されました。スペインに留まり、週に1回、最寄の裁判所に出頭することが条件です。同記者の健康状態を考慮しての措置とされています。)


17日、スペインのガルソン予審判事は、拘留中のアルジャジーラ記者・タイシール・アッルーニ(48)を、9月11日事件を含むテロ行為に関与した疑いで起訴した。なお、同予審判事は、アル・カーイダの指導者、オサマ・ビンラディンら34名も同時に訴追した。

 アルジャジーラのマドリッド特派員が報告するところによれば、アッルーニ記者に対する起訴状は700ページに及び、うち26ページに渡って訴因が記載されている。この中で予審判事は、同記者がアル・カーイダに所属している疑いがある者たちと連絡し、彼らに対し資金を運搬し、援助を与えたとしている。

 同起訴状によれば、アッルーニ記者はテロ行為に直接参加していないが、ジャーナリストとしての地位を利用して資金を運搬し、またとある人物に対して、居住許可証の取得に際して援助した由。

 起訴状は、ビンラディンの国際手配要求を含むもので、スペイン当局が拘留している容疑者の公判日時として9月24日を指定している。

(逮捕時とその後の経過については、次ページ参照)

2.第一回公判、始まる(24日、アルジャジーラニュースのモニタリング記録)

 (日本時間20時のニュース)
 (キャスター)同僚のタイシール・アッルーニ記者は本日(24日)、マドリッドのスペイン中央裁判所に出廷し、「アルカーイダの一味に対し援助した」容疑でスペイン検察当局から起訴されている事件についての審理に臨みます。

 (レポーター)ガルソン予審判事は、先般9月11日に公表された起訴状において、「タイシール・アッルーニは殺人、ハイジャックなどの重大な犯罪と直接の関係はない」と述べています。この言葉を額面通りとるならば、アッルーニ記者は近いうちに現在の困難な状況から抜け出すことができるのかもしれません。しかし、国により司法当局というものは非常に攻撃的な場合があり、どのような嫌疑であれ、素早く行動することがあります。アッルーニ記者にかけられた容疑は彼が「アルカーイダと連絡があり、同組織を助けた」というものです。まるで、同記者に「アルカーイダの宣伝責任者」という称号がふさわしいかのようです。

 この事件は、何十人というアラブ人、イスラム教徒が大騒ぎの末に逮捕され、しかしそのうちに無実が証明されて釈放されている事実を想起させます。もちろんその間、逮捕された人々の名誉は大きく傷つけられます。更には、アメリカでは世界貿易センタービルと米国防総省への攻撃事件が起きる以前から、「秘密証拠法」という名の法律がアラブ・イスラム教徒に対して適用されていたことも思い起こされるのです。
 世界に自分達の主張を伝えたい、と願う人々が、アッルーニ記者などのアラブ人特派員のところへ彼らのメッセージを届けていたことは紛れもない事実です。アッルーニ記者の事件が、多くのアラブ人記者仲間の同情を買っているのはもちろんですが、そればかりか、「対テロ戦争」の美名の下、思想・報道の自由が風化していくことに危機感を感じる西側の知識人、組織もまた、連帯と支援の立場をとっています。

 (マドリッド特派員の報告要旨)
(1)アッルーニ記者に極めて短時間会ったが、元気で、「皆によろしく」と微笑していた。

(2)ビンラディンを含む35名の容疑者中、多数を占めているのは当局が「スペインのアルカーイダ細胞」と呼ぶ集団。そのほとんどは信仰心の篤いシリア人で、その中にはシリアのムスリム同胞団メンバーが含まれている。また、その中にアルカーイダのメンバーと目される人物がいたことから、全員にアルカーイダ所属の疑いがかけられた模様。また、9月11日事件に関与している疑いがかかった最大の証拠としては、その中のひとりがニューヨークに旅行した際、ビデオカメラで景色を撮影したテープを茶の間において皆に見せていた(!?)ということが挙げられている。

(3)当局は95年以来彼らの電話を盗聴しており、この交信記録も証拠申請されている。

(4)1年以上前から私(同特派員)はアッルーニ記者に対し、スペイン国内で貴君に対する悪い噂が広まっている。新聞が騒いでいる、と警告していたが、本人は、容疑事実に対して、完全に無実を証明できると自信を示していた。公判ではその真実が語られるだろう。しかし、裁判が長期化するとの予測があり、心配。

3.「アッルーニは平和的な志向と確信を持つ人物」

グラナダ大学平和研究所所長の声明)

 次の文書は、「アフガニスタン戦争」直後にアッルーニ記者のアルカーイダとの関係を疑うキャンペーンがスペイン新聞紙上で広まった際、グラナダ大学の平和研究所が発表した新聞記事の翻訳である。アルジャジーラ・ネットが引用している。

 (ここに書かれたスペイン人である平和研究所関係者のアッルーニ記者観は、新谷が直接会い、対話し、観察した末に得た同記者に関する印象と最も近いと思う。よってアルジャジーラ.ネットより訳出する。-新谷恵司 )

以下、アルジャジーラ.ネットより訳出 

 2001年10月28日付「EL PAIS」紙が掲載した、スペイン警察当局がアルジャジーラのスペイン人記者に注目しているとの記事について、次のことを明らかにしたい。

 タイシール・アッルーニ記者がカブール支局長の職に就く数年前から今日に至るまで、同氏は当平和研究所のフェロー(協力メンバー)である。我々は、対話と探求、透明かつ開かれた議論が紛争当事者の間でなされることを訴え、その活動の目的としている。その一環として、我々は、アラブ・イスラム世界、とりわけイスラム過激主義に対して関心を有している。これは、平和に対して建設的な観点から、その世界に存在しているあらゆる考え方と立場を知ることが必要だと思われるからである。

 タイシール・アッルーニ氏に関してわれわれが共に働いたことから知っていることは、同人は平和的な志向と確信を持った人物であるということであり、それは彼の仕事を通じて明白であった。それは当研究所の方針とも一致している。人間的、文化的相互理解を支持し、あらゆる形の暴力を拒否する人物である。私達は、彼がタリバンとの外交的な連絡の接点として働けるのではないかと議論したこともある。なぜなら、対話こそが紛争の仲裁と解決に意義あることだと信ずるからである。

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