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トランプは中東を救えるか?

◆米新政権に命運託すサウジ

トランプ大統領が2月に大統領令を出し、特定の中東・アフリカ諸国(イスラム諸国)出身者の入国を禁止したとき、サウジアラビアはその指導的立場にもかかわらず、これを一切批判しなかった。実際、批判などしている場合ではなかった。サウド王家としては、にわかに出現した「救世主トランプ」の一挙手一投足を、固唾を飲んで見守っていたのである。そして、59発の巡航ミサイルがシリア政府軍の基地めがけて放たれたとき、サウジは一番乗りでこれを「全面的に支持する」と発表した。筆者はリアルタイムで情報収集に当たっていたが、この声明が出されたのは攻撃開始の数時間後、サウジ時間ではまだ早朝であった。おそらくは就寝中のムハンマド副皇太子あたりに攻撃の第一報が伝えられ、即断で発表されたのであろう。ことほど左様に、サウド王家はトランプ政権が新たに打ち出す中東政策にその命運を託している。旧オバマ政権の親イラン政策がもたらした「害悪」のために、サウジはまさに存亡の危機に追い込まれていたのである。

◆ミサイルでシリア情勢の潮目変わる

アサド政権による化学兵器の使用が、事態を180度ひっくり返した。後日アサド大統領は「完全なでっち上げ」と否定したが、「蛇足」の故事を学んでいれば、と気の毒に思う。それほどに、アサド政権による反体制派封じ込めはロシア、イランの献身的な後押しで完成間近であった。今回のミサイル攻撃は、アサド政権の軍事的優位に変化を与える効果は乏しいが、政治的な意味と影響力は限りなく大きい。「アサドの退陣はもはや優先事項でない」、「シリア国民が決めること」等としていた米国の方針が一夜にして「アサド政権に明日はない」に後戻りした。攻撃強行は、訪米した中国の習近平国家主席を迎える「礼砲」、との分析が正しいとしても、起きたことは起きたこと。動機が何であったにせよ、ミサイルは放たれ、シリア情勢の潮目は変わった。

◆米ロ、真の和平へ妥協の余地も

 東方に目を転ずると、「イスラム国」(IS)掃討作戦が進んでおり、イラクのモスルとシリアのラッカという2大拠点の陥落が目前だ。シリア和平の枠組み協議はジュネーブとアスタナの2トラックで進められてきたが、それは勝者(ロシア、イランに支援されたアサド政権)が敗者(反政府勢力とこれを支援するスンニ派国家・欧米)に既成事実を突きつけて服従を命じる側面が強かった。そこに、米国が待ったをかけたのである。また、待ったをされた側のロシアにも、実は悩みが尽きなかった。戦場の白兵戦を戦って政府軍を助けたのは、イラン革命防衛隊やヒズボラの民兵だったため、停戦後も彼らがシリア領内に居座ることとなれば、真の和平はほど遠いからである。つまり、いくら敗れたりとは言え、国民の大多数を占めるスンニ派住民を虐げたままでは、まともな国家運営ができるはずもない。ここに、米国もロシアも、永続的な政治解決を図ろうとすれば、イランの影響力の排除、アサド政権の無力化、場合によっては戦争・人道犯罪の追及、という点で妥協できる部分がある、ということなのだ。
独立に向けた蠢動を強めるクルディスタンと、これに反対するトルコも含め、政治プロセスの役者がそろった印象だ。トランプ政権の中東外交は一見行き当たりばったりに見えるが、実はイスラエルとスンニ派アラブ世界の権益を保護する歴代の伝統的な外交に回帰している。

スンニ派世界の退潮が招く世界的混乱

◆「クウェート侵攻、間違いだった」

スンニ派とシーア派の対立の話をすると、2時間講義しても最後に「同じ宗教なのに殺し合うというのは理解できない」という質問が出て話は振り出しに戻り、理解が深まることはない。日本人のイスラム理解はこの一点においては私がアラビア語の門を叩いた30~40年前と変わっていないと感じる。宗派対立だ、と言うからわからないのである。それは、聖なる教えを権力闘争に利用するために人間が作り出したものであって、極論すれば敵を殺すこと(=合法的殺人)を聖戦の名のもとに奨励する政治運動である。このことを冒頭に述べたうえで、イッザト・イブラヒムの話をしよう。
イブラヒムはイラクのサダム・フセインの副官、いわゆるNo.2の地位にあった男だが、イラク戦争で政権崩壊の後逃亡し、現在も所在が不明になっている(死亡説あり)。そのイブラヒムが最近電話インタビューに応じた、というアラビア語紙の記事が目を引いた。眉唾ものだが、イブラヒムの言葉として伝えられた2つのメッセージが面白い。「クウェートに侵攻したのは間違いだった」、「イスラム国(IS)は旧バース党の成り代わりではない」というのである。

◆イラク没落でスンニ派過激組織が台頭

1990年8月2日、イラク軍は突如としてクウェートに侵入、それまでのイランのシーア派革命に対する防波堤としての欧米の信頼を一気に失った。シーア派人口がスンニ派に勝るイラクを曲がりなりにも安定統治していたスンニ派世俗政権たるフセイン政権は、決してひっくり返してはいけない布石であったのだが、この日を境にイラクは崩壊の一途をたどる。湾岸戦争、イラク戦争と続き、フセイン政権は潰されてしまった。その原因となったクウェート侵攻をイブラヒムが後悔する、というのは当然だが、その結果、スンニ派社会の没落を招き、イスラム国(IS)やアルカイダなどのスンニ派過激組織の台頭を許してしまったのであるから、真に後悔すべきはこの日をきっかけにフセイン政権をいじめ続けてきた米国やサウジアラビアの方である。

◆シーア派枢軸、ロシアが強力支援

 「抵抗枢軸」と呼ばれる同盟がある。イランとシリアのアサド政権、そしてレバノンのヒズボラを結ぶ強固なシーア派同盟のことだが、イラクのシーア派化で勢いを得ただけでなく、今日の国際政治の最大の問題は、ロシアが地政学的利益からこの枢軸を強く支援して、一歩も引かない姿勢を見せていることだ。つまり、この地域のスンニ派住民は(言葉は悪いが)第二のパレスチナ人となることがほぼ決定的だ。そればかりか、盟主サウジアラビアは王室の存続を左右する国難にこれからも襲われ続けるであろう。隣国イエメンのシーア派勢力が聖地メッカに向けて弾道ミサイルを発射した、とサウジ政府は非難したが、同国の非人道的なイエメン空爆から世界の目をそらすためのブラフだ、との指摘もある。ロシアの介入で、今やシーア派とスンニ派の対決は動かすことのできない中東の既成事実となってしまった。積極的に解決しようとするとロシアの脅しの通り、第三次世界大戦が起こりかねない。また早晩ISが力を失っても、別のスンニ派過激主義組織は次々と生まれる。ヒズボラなど、シーア派の「民兵組織」の武装は野放しなのだから。