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スンニ派世界の退潮が招く世界的混乱

◆「クウェート侵攻、間違いだった」

スンニ派とシーア派の対立の話をすると、2時間講義しても最後に「同じ宗教なのに殺し合うというのは理解できない」という質問が出て話は振り出しに戻り、理解が深まることはない。日本人のイスラム理解はこの一点においては私がアラビア語の門を叩いた30~40年前と変わっていないと感じる。宗派対立だ、と言うからわからないのである。それは、聖なる教えを権力闘争に利用するために人間が作り出したものであって、極論すれば敵を殺すこと(=合法的殺人)を聖戦の名のもとに奨励する政治運動である。このことを冒頭に述べたうえで、イッザト・イブラヒムの話をしよう。
イブラヒムはイラクのサダム・フセインの副官、いわゆるNo.2の地位にあった男だが、イラク戦争で政権崩壊の後逃亡し、現在も所在が不明になっている(死亡説あり)。そのイブラヒムが最近電話インタビューに応じた、というアラビア語紙の記事が目を引いた。眉唾ものだが、イブラヒムの言葉として伝えられた2つのメッセージが面白い。「クウェートに侵攻したのは間違いだった」、「イスラム国(IS)は旧バース党の成り代わりではない」というのである。

◆イラク没落でスンニ派過激組織が台頭

1990年8月2日、イラク軍は突如としてクウェートに侵入、それまでのイランのシーア派革命に対する防波堤としての欧米の信頼を一気に失った。シーア派人口がスンニ派に勝るイラクを曲がりなりにも安定統治していたスンニ派世俗政権たるフセイン政権は、決してひっくり返してはいけない布石であったのだが、この日を境にイラクは崩壊の一途をたどる。湾岸戦争、イラク戦争と続き、フセイン政権は潰されてしまった。その原因となったクウェート侵攻をイブラヒムが後悔する、というのは当然だが、その結果、スンニ派社会の没落を招き、イスラム国(IS)やアルカイダなどのスンニ派過激組織の台頭を許してしまったのであるから、真に後悔すべきはこの日をきっかけにフセイン政権をいじめ続けてきた米国やサウジアラビアの方である。

◆シーア派枢軸、ロシアが強力支援

 「抵抗枢軸」と呼ばれる同盟がある。イランとシリアのアサド政権、そしてレバノンのヒズボラを結ぶ強固なシーア派同盟のことだが、イラクのシーア派化で勢いを得ただけでなく、今日の国際政治の最大の問題は、ロシアが地政学的利益からこの枢軸を強く支援して、一歩も引かない姿勢を見せていることだ。つまり、この地域のスンニ派住民は(言葉は悪いが)第二のパレスチナ人となることがほぼ決定的だ。そればかりか、盟主サウジアラビアは王室の存続を左右する国難にこれからも襲われ続けるであろう。隣国イエメンのシーア派勢力が聖地メッカに向けて弾道ミサイルを発射した、とサウジ政府は非難したが、同国の非人道的なイエメン空爆から世界の目をそらすためのブラフだ、との指摘もある。ロシアの介入で、今やシーア派とスンニ派の対決は動かすことのできない中東の既成事実となってしまった。積極的に解決しようとするとロシアの脅しの通り、第三次世界大戦が起こりかねない。また早晩ISが力を失っても、別のスンニ派過激主義組織は次々と生まれる。ヒズボラなど、シーア派の「民兵組織」の武装は野放しなのだから。