通「役者」、翻訳「家」(No.2)-同時通訳(1)

同時通訳について、皆さんはどのように感じておられるでしょうか。
子どもの頃、テレビでそれを初めて見たとき、そのような世界にまさかこの自分が足を踏み込むとは夢にも思いませんでしたし、第一に、それは人間技とは思えない、手の届かない高みにあるものでした。その後、通訳者になることを前提にアラビア語を習ったときにも、自分が、まさかそれをやるようになると考えたことはありませんでした。ましてや、そのための勉強をしたり、トレーニングをすることは皆無でした。反対に、言葉がわかるようになり、通訳の何たるかがわかるようになればなるほど、瞬時に言葉を置き替えていく同時通訳は、「マジック」のように思えたものです。
それは、通訳者の中でもひとにぎりの上級者のみがマスターできるウルトラCなのでしょうか。また、通訳のもうひとつの柱である「逐語通訳」とはどのような違いがあるのでしょうか。どのような手品にも種と仕掛けがあるように、通訳にも、この世界の人間以外にはほとんど知られていないノウハウ(=やり方)があります。
これからの連載では、通訳という仕事の「手の内」を明らかにして参ります。それは、ひとりでも多くの「お客様」に、通訳という仕事についてよりよく知って頂きたい、と思うからです。口幅ったい言い方になりますが、「通訳は舞台芸術に似ている」と私は考えています。クラッシックを知らないお客さんが変なところで拍手をしたり、奇声を挙げれば、コンサートがぶち壊しになるように、また、通のお客さんがひと声かければ歌舞伎役者の見得が何倍も楽しめるように、通訳もこれをする人とされる人のパートナーシップでよくも悪くもなる、ということをお話ししたいと思うのです。