「アルジャジーラ」10周年

先日11月1日はアルジャジーラ創立15周年だ、というお話をしましたが、きょう11月9日は、アルジャジーラの日本上陸10周年です。
どういうことかと言いますと、10年前の今日、2001年11月9日に私はお台場の「スカパー!」の送信局スタジオにおいて、アルジャジーラの日本中継の「日本語解説」をつける役、つまりニュースの同時通訳を行い、この日をもってアルジャジーラが日本の茶の間のテレビで見ることができるようになったのです。
写真は、緊張の大役を終えた後に技術スタッフの人ととった記念の写真で、私にとっての宝物です。
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アラビア語放送の同時通訳ということは、小生はもちろんのこと、わが国において初めての試みであったので、私は「同時通訳」と銘打たず、「日本語解説放送」としてくださいとお願いしました。そして「4人の侍」が集まってビンラディン映像で大注目を集めていたアルジャジーラを日本語でお届けする、というプロジェクトが始まりました。このあたりの経緯については、拙著「イラク再生」で少しご紹介しています。
私はアルジャジーラの真の姿を日本のメディア関係者にご紹介し、この局とその報道内容についての情報を流し続けることで、日本の政治と外交に始まり、一般の方々の中東観にいたるまでよい影響を与えることができたと満足しています。私の、いちアルジャジーラ・ファンとしての初動がなければ、非常に誤解を受けやすいこの泥臭いニュースチャンネルが、現在の評価を得ていたかどうか、疑わしいとまで思っています。
まあ、そんなことはどうでもよいことですが、きょうは記念の日なので、ひとつだけエピソードをご紹介しておきたいと思うのです。
それは、Aljazeera という名前の日本名を「アルジャジーラ」と命名したのは小生です、という事実です。
当時、この局を日本語でどう表記するか、については、いく通りもの選択肢がありました。例を挙げると
「アル=ジャジーラ」
「アッジャジーラ」
「アッジャズィーラ」
「ジャジーラ」
などです。当時の新聞縮刷版など検証してみて下さい。
スカパー!で放送を開始するに当たり、私は局の方からどういう名前で出すかと相談を受けました。そのときに私が数々の候補の中でこれにしましょうと申し上げたのが「アルジャジーラ」です。
外国語を母国語で表記すること、「トランスクリプション」と英語で言います。この作業は簡単なことのように見えて、難しい側面も持っています。私は「アルジャジーラ」が一般的な名前として普及する、という確信を持って、「これにしたら良いですよ」とお勧めしました。それには理由があるのですが、その話はまた別の日に致しましょう。
10年、あっという間に過ぎました。

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