◆死を悼む気持ちは同じ
ガザ地区の地下トンネル内で人質6人が遺体で見つかり、その中にはハーシュ・ゴールドバーグ・ポーリンという名の米国籍の青年が含まれていた。23歳になったばかりの有為の若者が11カ月にも及ぶ人質生活の後に無残な最期を遂げたことは、実に哀れなことである。
ハーシュ君の解放を求める両親の訴えは米メディアを通じて反響を呼んでいた。バイデン大統領は追悼の声明を出し、旧ツイッター「X」で、「この犯罪の代価を支払わせる」とイスラム組織ハマスを糾弾した。声明の中で、「両親のことをよく知っておりとても気の毒」である旨、言葉を尽くして哀悼の意を表しているのだが、読めば読むほど、筆者は、この中庸を欠いた声明に怒りの感情を抑えることができなかった。一人の青年の死を悼む気持ちは同じだ。しかしその一方でイスラエルの国際人道法に違反した無差別な爆撃で、ガザ地区では老人、女性、子どもを含む民間人が毎日、文字通り数十、数百人単位で虐殺され、その総数は開戦以来4万人を超えているのだ。
◆新条件で停戦合意妨げ
もうすぐ開戦から1年を迎えるガザ地区に、これまでイスラエル軍が投下した爆弾の総量は、6月の段階で7万トンを超えたと報じられた。この、広島型原爆の4~5発分にも相当する爆弾のほとんど全てを供給したのは米国だ。即時停戦を求める国連や国際市民社会の呼びかけ、国際司法裁判所の勧告にもかかわらず、イスラエル軍の冷血な爆撃は今日も続いている。
バイデン大統領は声明で、人質解放のために全力を尽くしたと主張したが、何カ月も前から働き掛けが続いている停戦協定にネタニヤフ政権が合意していれば、ハーシュ君は解放されていた可能性が高い。ハマスはこの人質に米国の関心が強いことを知っていて、ある幹部は「停戦すれば解放するから安心せよ」とまで発言していた。しかし、米国が他の仲介国とも協議して7月上旬に提案した合意案にハマス側が同意したものの、ネタニヤフ政権は新たな条件を持ち出して合意を妨げた。そして、自身もユダヤ系でもある米国のブリンケン国務長官は、ハマスが拒否していると非難した。
◆ゆがめられた米国の政策
人質は、イスラエル軍が現場となったトンネルに近づいたため、ハマスの監視役によって殺害されたらしいことが分かった。ハマスは6月初旬にイスラエルが行ったヌセイラトの急襲作戦で、人質4人を生きて奪還されたことを「反省」しており、この救出は「最初で最後になるだろう」「イスラエル側が軍事的圧力をかけ続けるならば、人質は棺(ひつぎ)に入って帰宅する」などと脅していた。
一方、イスラエルの市民は、70万人に上る大規模抗議デモと労働組合によるゼネストで、政府が人質解放のための取引に応じるよう、また、その前提となる停戦に合意するよう求めている。しかし、ネタニヤフ首相は「ハマスを殲滅(せんめつ)して完全勝利しかない」と強い姿勢を崩していない。
バイデン政権が、イスラエルへの武器弾薬の供与を停止するなどして、強い圧力をかければ、この問題はたちまち解決していた。そうならないのは、同政権が事実上(イスラエルと共に)戦争の当事者であるのに仲介者の顔をして国内外の世論を欺いているからにほかならない。
人の命に軽重はない。米国籍を持っているがイスラエル国防軍に従事したこともあるイスラエルの青年の死に心からお悔やみを申し上げる。だが、バイデン大統領がこの青年の死だけをことさら取り上げ、停戦のために有効な政策を実施しないのは全て選挙目的だ。それほどまでに米国の政策がロビー活動によってゆがめられていることを遺憾に思う。