エルドアンが果たす中東安定化の役割

◆シリア侵攻に目立った非難なし

レジェップ・タイイップ・エルドアン、トルコ大統領。世界が認める「独裁者」である。建国以来世俗主義をとって近代化したトルコを「再イスラム化」する政策を掲げて大統領の座に上り詰め、クーデターをしのぎ、憲法改正で強権を手にした。その権力者が、シリア領内に侵攻を開始した。「イスラム国(IS)」の掃討では大きな功績のあったクルド人勢力がこの地に橋頭保を築くことは、クルド武装勢力のテロに悩むトルコの安全保障上の脅威であるとして、有無を言わさぬ実力行使に出たのだ。当然、関係当事国や国際社会は強い拒否反応を示すかと思いきや、さにあらず。大した非難を受けることもなく、トルコ軍は反体制派組織「自由シリア軍」と共に進軍を続けている(本稿執筆時)。
その背景にあるのは、米、ロシア、イラン、そしてアサド政権という、この戦争の主要プレーヤーの間にある「安全保障地帯」設置構想だ。具体的な線引きはこれからであるから、トルコ軍が今後進軍を停止する境界線は、重要な意味を持つだろう。ロシアやイランが、侵攻を事実上黙認し、米国も「懸念表明」程度にとどまっているのは、各当事者が戦後の果実を分けあう着地点を模索しているからだ。

◆カタール断交問題でも果断な行動力

エルドアン大統領は演説で、「米国はアフガニスタンにもイラクにも、期限を設けることなく侵攻した。我々は作戦の目的が達成されれば直ちに撤退する。領土的野心はない」と明言した。「トランプ米大統領が限定的な作戦で引き揚げろと言うので、トルコ軍が普通に振る舞えば、進路に立ちふさがる敵は完膚なきまでに粉砕されるだろう、と言ってやった」とうそぶく。強烈な個性の持ち主である。貧しい生い立ち、庶民派で演説が上手く、田中角栄になぞらえる専門家も。
そしてこの人の真価は、口先だけでなく、実行力を伴っていることだろう。昨年6月、サウジアラビアなど4カ国がカタールとの断交・封鎖を電撃発表した直後、大統領はトルコ軍兵士のカタール派兵の国会承認を取り付け、日をおかずして実際に派遣した。装甲車5台、要員23人のみであったが、その意味がどれほど大きなものであったかが理解されるのに、時間はかからなかった。

◆毒をもってトランプを制す?

サウジなどをカタール断交に踏み切らせた黒幕は、トランプ大統領であった。この謀略とも呼ぶべきお墨付きを同大統領がアラブの首脳に与えていたことが、最近の元側近の暴露などでわかってきたのだ。それは軍部、国務省などとすり合わせた結果出てきた政策ではない。トランプ政権の1年目は、TPPやパリ協定をめぐる発言にもみられるとおり、まず大統領がやりたい放題で命令を出し、その後始末を国務長官以下、政権幹部が取り繕って成り行きを見る、という手法に終始したと言っても過言でない。世界各地に火種を撒き散らすやり方は、米国の武器売却を大きく伸ばす、単純だが最も効果のある「アメリカ・ファースト」政策であった。しかし、それは常に熱い戦争を引き起こす危険を包含しているのである。
もしトルコがいち早く派兵を発表・実施せず、また、その後の経済封鎖に対抗して食糧の緊急輸送等を行っていなかったならば、サウジアラビアなど断交諸国はカタール進駐まで考えていたと言われている。独裁と絶対君主による政治がまかり通る中東において、一旦、戦争を起こしてしまうとその収拾は難しい。毒を以て毒を制す、という効用か。

暴力的過激主義と戦う

◆テロを現象面からとらえる

10月末、トルコの保養地アンタルヤで、世界の研究者と実務家を集めた「暴力的過激主義対策」のシンポジウムがあった。主催したのはアブダビ(アラブ首長国連邦)にあるこの分野の独立した世界的研究センター「ヘダーヤ」だ。今更の議論だが、世界的関心事である「テロリズム」について、国際社会は統一した定義を提供することができない。ある国のテロリストは、別の国や民族にとっては「自由の戦士」であるかもしれないからだ。つまり、「イスラム国」(IS)やアルカイダが怪物のように急成長した背景には、そのような民族、宗教間の不一致が横たわっている。そこで国際社会はこの問題をより現象面から捉えることとし、いわゆる「テロ」を起こすのは、暴力を肯定する過激主義の萌芽と成長であり、これと戦い、また防止するために具体的な行動を起こすことが、世界の安全と人権を守る有効な手段であると考えるようになった。イスラム過激主義の研究を深める上で、このアプローチは避けて通れない。そんな思いから今年で第4回を迎えた国際シンポに参加した。

◆SNSの「エコー・チェインバー」効果

驚いたことに、初日の発表者の多くは、イスラムの教義を淵源とする過激主義ではなく、欧米社会がイスラム主義の台頭と共に苦悩している彼ら自身の「極右」思想の広まりについて語った。暴力的過激主義との戦いにおいては、ソーシャルメディア(SNS)を使った宣伝、洗脳、リクルート活動等をどのように防ぐか、という論点が一つの柱をなしている。ISはその効用を最大限に利用して、にわか「ジハード(聖戦)戦士」を獲得、欧米で惨劇を起こさせたが、欧米の「極右」勢力もまた、SNSを駆使して①問題提起をし、②共鳴する仲間を集め、③一つの過激思想を信奉させ、④行動を扇動する―という過程を踏襲していることが報告された。とりわけ、この過程で大きな役割を果たすのがSNSの一大特性である「エコー・チェインバー」効果である。「エコー・チェインバー」とは、ある特定の教義だけが唯一正しいものとして密室の中で反響し、参加者は異なる意見を持つことができなくなる状態をいう。このような特性を持つSNSは、使い方ひとつで、イスラムであれ、他宗教であれ、はたまた世俗的な極右思想であれ、それを過激化、暴力化させる上で最も強い力を発揮する道具となる。

◆日本も他人事ではない

外国人の入国者数が倍々ゲームで増え、2020年東京五輪をも控えている我が国においても、暴力的過激主義による事件の発生は刻一刻と近づいているのではないか。そういう明確な問題意識の下に当局は研究と情報収集に当たっているに違いない。しかし我々が今注意すべきは、何もイスラム系の過激主義だけではないようだ。英国の「ブリテン・ファースト」や、豪州の「リクレイム・オーストラリア」といった極右の過激主義団体が、SNSの力を借りて急激に勢いを増したように、日本でも似たような状況が起こり得るのではないか。民族的、宗教的に均質性の高い日本社会では、過激主義は起こりにくく、ましてその暴力化はあり得ないと考える向きも多かろう。しかし、いわゆる「ネトウヨ」や「ヘイト・スピーチ」の問題は日本人同士、または、近隣諸国出身者との間で、既に摩擦を起こしている。ほとんどの国民にとってSNS利用が日常となった今、国民一人ひとりが、このバーチャルなコミュニケーションの特性や危険な点をより良く理解し、リテラシーを高めていく必要があると思い至った。

サウジとカタール 死闘の内幕

◆領空侵入なら民間機も撃墜

「テロ支援は許さない」という大義名分を振りかざして、サウジアラビアなど4カ国がカタールに厳しい「封鎖」を始めてもうすぐ3カ月。それは、戦争行為にも等しい過酷なもので、食料品から建設資材まですべてを輸入に頼るカタール経済を直撃した。幸い、海と空からの輸送は辛うじて確保されているので、大きな混乱は伝えられていないが、例えば資材の調達先変更による建設コストの値上がりは、2022年ワールドカップ開催をにらんで成長を続けてきた同国経済に暗い影を落としている。
そんな中、サウジ資本の衛星ニュース専門チャンネル「アルアラビーヤ」は、「カタールの民間航空機が領空を侵した場合、『敵対的な標的』として撃墜することも国際法上正当化される」という趣旨のビデオ・レポートを放映した。レポートはカタール航空機めがけてロケット弾が発射されるアニメ映像を伴っていて、カタールは国際民間航空機関(ICAO)に提訴、国際的にも糾弾する声が上がっている。

◆傍系王族の担ぎ出しを画策

国営通信社のサイトをハッキングし、虚偽の首長演説を流す、という、そもそも国家的陰謀色の濃いやり方で始まった「カタール懲罰」のキャンペーンは、とどまるところを知らない。サウジは、ついには君主制国家に対する干渉としては最大の禁じ手であろう、「傍系王族の担ぎ出し」にまで手を染めた。カタールの現首長家の一員ながら、過去に首長位を追われた家系の子孫である「アブドラ殿下」とサウジ国王・皇太子との会見を演出し、カタールからの巡礼団に特別機を派遣する、と発表したのである。それまでサウジは国境を封鎖して巡礼団の入国を阻んでいたが、一転「アブドラ殿下」の「仲介」を受け入れ、サルマン国王がメッカへの全員の移動に私費を投じることを決めた、という論法である。これほどまで、サウジやUAE(アラブ首長国連邦)がなりふり構わずカタール首長家を虐めようとするのはなぜか。

◆「自由メディア」黙らせるため

サウジやUAEに言わせれば、「カタールは、われわれがする以上の干渉、嫌がらせを、アルジャジーラやカタールが支配するネット・メディアを通じて行ってきた。アルジャジーラ等を完全に黙らせるまで、戦いは続く」ということだろう。確かに、現時点でもアルジャジーラはUAEの駐米大使による陰謀疑惑、UAE軍によるイエメンでの人権蹂躙疑惑を大きく取り上げているし、カタールの出資しているネット・メディアはサウジがイランやイスラエルと秘密裏に手を結ぼうとしているなどと書き立てている。
2010年の年末に始まった「アラブの春」はリビア、イエメン、シリアの体制を完全に破壊したが、そこで勢いが止まり、湾岸産油国には及ばなかったと、一般には思われている。しかし、現実を見よ。サウジはシリアとイエメンで、UAEはイエメンとリビアで、という具合に軍事介入した先で泥沼に足をすくわれて、立ち往生の体だ。とりわけサウジは巨額の財政赤字で資産を減らすことつるべ落としの様相である。起死回生を狙う経済構造改革政策「ビジョン2030」への取り組みも緒についたばかりの今、国民に体制批判を起こさせるような「報道」は、迷惑の域を超えている。このように見てみると、今アラビア半島では、「アラブの春」で犠牲となった一般民衆の亡霊である「自由メディア」をどう黙らせるか、というおよそ不可能な目標のために、国富を独占する王家同士が死闘を繰り広げている。どちらが勝っても負けても、世界と我が国の経済、安全保障によい影響はない。先行きが大いに懸念される。

イスラム世界は自己変革を

◆相次ぎテロで「禁句」に言及

ロンドンで3か月間に3度目の無差別テロが発生した翌日の6月4日、メイ首相は「もうたくさんだ」との強い非難の言葉と共に、惨劇を繰り返さないためには「4つの変革」が必要だと声明した。注目されたのは、首相が「共通のネットワークは存在しないが、事件はひとつの重要な意味でつながっている」として、「イスラム過激主義という邪悪な思想」と戦う、と述べたことだ。首相はさらに「それは、憎悪を煽り、分裂と分離主義を慫慂し、西洋の自由と民主主義、人権を重んじる価値がイスラムとは相容れないと主張する思想だ」、と断定した。この認識は世界的にも広く共有されているが、「イスラム」を名指しすると、英国社会のイスラム系移民、反イスラム勢力の双方を刺激するため、いわば、禁句であったはずだが、相次ぐテロにもう堪忍袋の緒が切れた、といった体である。

◆事件のたび「イスラム無罪」論

最近、世界的には「暴力的過激主義」(Violent Extremism)対策という用語が用いられ、イスラム世界を刺激しない形で、しかし、イスラムの教義から派生している(あるいは、西欧からのイスラム世界への加害に対する反発として生じている)過激主義思想をどうやって抑え込むか、という取り組みがある。
メイ首相が変革の2番目に挙げたとおり、過激思想はインターネットによって拡散しているので、サイバー空間に積極的に規制をかける、または、逆に、反過激思想のキャンペーンをネット上で行う、といった対策が有効と見られているのだ。テロの直接的な被害が発生している欧米と中東イスラム世界の政府レベルでは、この面の協力はある程度進んでいる。しかし、変わることができずにいるのは、イスラム世界の宗教指導者と一部イスラム教徒のメンタリティであろう。事件が起こるたびに、「イスラムは無罪!」つまり、「過激思想はイスラムとは無関係だ」との主張が指導的立場にある人や言論界から出される。
メイ首相も過激思想が問題だと言っているのであり、宗教としてのイスラムが悪いとは一言も言っていない。しかし、現実は残酷だ。テロを起こしているのはイスラム教徒であり、間違っているとはいえ、宗教的な動機によって無辜の命を奪う暴挙に出ているのだ。反イスラム感情が高まるのは当然である。

◆過激思想の素地認めよ

恐れていたら、やはり「仕返し」と思われるモスク周辺での襲撃事件がまたロンドンで発生した。私見にわたるが、イスラム世界は変革する必要があるだろう。過激思想を生んでいる素地が宗教の教義そのものにあることを認め、教義を変えることができないにせよ、テロリストを生んでいるのはイスラム世界であり、イスラム世界としてそのことに責任を感じその対策を講じる、ということでなければならない。
しかし、現実には多くの武装集団、民兵、私兵が玉虫色の合法性を主張し、宗教権威によってお墨付きを得ている状態だ。また一方で西欧社会は、メイ首相のようにイスラムを名指しして非難することは出来るだけ避けるべきである。事実であっても時にそれは言わない、というのが人智というものだ。「イスラ
ム」とタグをつけるだけで、「首相は過激思想を取り締まっているのであって宗教は非難していない」といった言い訳は、激高した大衆には無力となる。仮に世界の「暴力的過激主義」の 90%までがイスラム由来のものであったとしても、イスラム以外の過激主義は現存するのだから、普遍的・包括的な取り組みであるとして、世界が一致協力して対策を進めていく必要がある。

トランプは中東を救えるか?

◆米新政権に命運託すサウジ

トランプ大統領が2月に大統領令を出し、特定の中東・アフリカ諸国(イスラム諸国)出身者の入国を禁止したとき、サウジアラビアはその指導的立場にもかかわらず、これを一切批判しなかった。実際、批判などしている場合ではなかった。サウド王家としては、にわかに出現した「救世主トランプ」の一挙手一投足を、固唾を飲んで見守っていたのである。そして、59発の巡航ミサイルがシリア政府軍の基地めがけて放たれたとき、サウジは一番乗りでこれを「全面的に支持する」と発表した。筆者はリアルタイムで情報収集に当たっていたが、この声明が出されたのは攻撃開始の数時間後、サウジ時間ではまだ早朝であった。おそらくは就寝中のムハンマド副皇太子あたりに攻撃の第一報が伝えられ、即断で発表されたのであろう。ことほど左様に、サウド王家はトランプ政権が新たに打ち出す中東政策にその命運を託している。旧オバマ政権の親イラン政策がもたらした「害悪」のために、サウジはまさに存亡の危機に追い込まれていたのである。

◆ミサイルでシリア情勢の潮目変わる

アサド政権による化学兵器の使用が、事態を180度ひっくり返した。後日アサド大統領は「完全なでっち上げ」と否定したが、「蛇足」の故事を学んでいれば、と気の毒に思う。それほどに、アサド政権による反体制派封じ込めはロシア、イランの献身的な後押しで完成間近であった。今回のミサイル攻撃は、アサド政権の軍事的優位に変化を与える効果は乏しいが、政治的な意味と影響力は限りなく大きい。「アサドの退陣はもはや優先事項でない」、「シリア国民が決めること」等としていた米国の方針が一夜にして「アサド政権に明日はない」に後戻りした。攻撃強行は、訪米した中国の習近平国家主席を迎える「礼砲」、との分析が正しいとしても、起きたことは起きたこと。動機が何であったにせよ、ミサイルは放たれ、シリア情勢の潮目は変わった。

◆米ロ、真の和平へ妥協の余地も

 東方に目を転ずると、「イスラム国」(IS)掃討作戦が進んでおり、イラクのモスルとシリアのラッカという2大拠点の陥落が目前だ。シリア和平の枠組み協議はジュネーブとアスタナの2トラックで進められてきたが、それは勝者(ロシア、イランに支援されたアサド政権)が敗者(反政府勢力とこれを支援するスンニ派国家・欧米)に既成事実を突きつけて服従を命じる側面が強かった。そこに、米国が待ったをかけたのである。また、待ったをされた側のロシアにも、実は悩みが尽きなかった。戦場の白兵戦を戦って政府軍を助けたのは、イラン革命防衛隊やヒズボラの民兵だったため、停戦後も彼らがシリア領内に居座ることとなれば、真の和平はほど遠いからである。つまり、いくら敗れたりとは言え、国民の大多数を占めるスンニ派住民を虐げたままでは、まともな国家運営ができるはずもない。ここに、米国もロシアも、永続的な政治解決を図ろうとすれば、イランの影響力の排除、アサド政権の無力化、場合によっては戦争・人道犯罪の追及、という点で妥協できる部分がある、ということなのだ。
独立に向けた蠢動を強めるクルディスタンと、これに反対するトルコも含め、政治プロセスの役者がそろった印象だ。トランプ政権の中東外交は一見行き当たりばったりに見えるが、実はイスラエルとスンニ派アラブ世界の権益を保護する歴代の伝統的な外交に回帰している。

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