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ホルムズ海峡波高し

◆イラン核合意後、何が起きたか

イラン神権政治は、神の名において国家テロを行ういわゆる「ならず者国家」だ―。米国を牽引役に、中東の主要国はこのようなイラン観を堅持している。しかし、ノーベル平和賞大統領のオバマ氏が外交政策上の奇妙な「遺産」に拘泥し始めて、雲行きがおかしくなった。そして2015年7月の「核合意」によって、イランは79年革命以来科せられてきた経済封鎖のくびきから放たれることとなったのだ。その結果何が起きたかを見れば、「核合意離脱」というトランプ大統領の決断を一概に国際法違反の暴挙と決めつけることはできないことが分るだろう。シリアとイエメンにおけるサウジアラビアとイランの代理戦争が激化、サウジ首都リヤドには弾道ミサイルが撃ち込まれるまでになった。イラクの政治は、今もテヘランの意向を伺わずには決められない。破綻国家レバノンには、ヒズボラというイラン主導の民兵武装組織が国家中の国家として君臨している。極めつけは、イスラエルも軍事作戦を開始していることで、シリア領内の目と鼻の先の攻撃目標はアラブ人テロリストではなく、イランの革命防衛隊員である。

◆死中に活を求める海峡封鎖

イランは、米国による経済制裁の再開は国際法違反と、国際司法裁判所に訴えた。多国間合意である核合意を順守しているのに一方的に合意を破棄して経済制裁を科すことはできない、と静かに訴えるロウハニ大統領の正論を聞いて、私は「ならず者国家」が「世界の保安官」の不正義を訴える、という逆転の構図に驚愕した。一方の「保安官」は実に野蛮なツイートを繰り返すだけだ。しかし、イラン側がホルムズ海峡封鎖をちらつかせるに至り、ようやく、これまでの構図が戻ったようだ、と妙に安心した。
 ホルムズ海峡封鎖とは、かつての日本軍国主義が口にしたような「死中に活を求める」作戦である。おおまかな計算で世界の原油輸送の約40%を一時的に止めることができるが、自らの海上輸送をも断絶してしまう、最後の作戦だ。したがって、イラン・イラク戦争以降、イランは何度も脅しに使ったが実行されたことはない。イランは実施する力を十分に持っているが、実施したとき、政権の命運は尽きるのである。しかし、イエメンのフーシ派をけしかけて、紅海の出入り口・マンデブ海峡でタンカー攻撃を敢行、ホルムズ海峡でも大演習を前倒し実施するなど、「今度は本気」と気勢を上げている。

◆追い詰められる神権政治

背景として言われるのは、イラン経済が想像以上に疲弊しており、これに伴って国内情勢が不穏になっていることだ。地球環境の変化で旱魃被害が広がり、一千万人規模の農民が困窮しているが、それは神権政治が核開発などに血道をあげ、国内インフラ整備をないがしろにした結果であるとの不満も高
まっているという。若年者失業率は公称でも 27%前後を推移し、多くの若者は戦争に駆り出されている。「米国は、イラン国内の舞台裏で工作している。なぜなら、イラン国民が政権放逐を望んでいるからだ。それは簡単でないが、市民の抗議行動は全国に広がっていくだろう」(キーン米退役大将)といった強硬発言も聞こえるところ、トランプ政権の攻撃姿勢は、「体制変更を目指していない」「いつでも話し合う用意がある」という公式発言とは裏腹に、あくまで、神権政治を追い詰めるまで続けられるだろう。トランプ大統領は中東版NATO軍の創設にも意欲を示している。イランが望まない「死中に活を求める作戦」に踏み切らざるを得ない局面も訪れるのではないか。

アラブはパレスチナ問題を抹殺できるか

◆「エルサレム陥落」

トランプ大統領の決定が実行され、米大使館はエルサレムに移転した。アラブの識者はこれを評して「エルサレム陥落」と呼ぶ。エルサレムが実質的に陥落したのは1967年、第三次中東戦争の時であるから、もう50年以上経っている。しかし戦争で負けても、アラブ側は占領の違法性を盾に、「陥落」を認めて来なかった。それは、日本を含む国際社会も同じである。崩れたユダヤの神殿の上にイスラム教徒が聖地と崇めるモスクが鎮座し、イエス・キリストの足跡と墓所が点在するという、世界に例を見ないこの聖都の現状変更は、民族間の憎悪と大戦争の引き金になるとの共通認識があるからだ。事実、占領後のイスラエル歴代政権でさえその危険性への恐れから、旧市街住民の慣行を尊重し、宗教の共存を容認していた。
しかし情勢は変化し、そのエルサレムを超大国・米国がイスラエルの首都と「公認」した。アラブ側は、もはや万事休した、と敗北宣言をしているのだ。もちろん、各国は怒りと非難の声明を出した。イスラム協力機構も「対抗策」を決定した。しかし、全ては「紙の上のインク」(空虚な文書を指すアラブの諺)である。大使館開館祝賀式に出席した国に対抗策が取られたなどとは寡聞にして知らない。

◆本音は対イスラエル正常化

パレスチナと、これを支持する勢力は、米・イスラエルのこの措置はパレスチナ問題を「抹殺」する企てだ、と非難している。しかし、インターネット上で注目されているのは、問題の「抹殺」を望んでいるのは米・イスラエル側ではなく、むしろアラブ側だ、との論調である。この問題が始まるずっと前から、サウジアラビアやアラブ首長国連邦といった一部の湾岸諸国は、1979年に白旗を上げたエジプトの後を継いでイスラエルと国交を正常化したいとタイミングを見計らっている、と噂されてきた。
もちろん、イスラエルとパレスチナが和平合意できるなら、その後に正常化するのが理想。だが、イスラエルが交渉のテーブルに着かず、一方的に入植地を拡大している中で、そして、交渉事項であるエルサレムの帰属の結論を先取りして首都宣言し、これを仲介者である米国が容認するという状況の中でイスラエルとの正常化が行われるとすれば、それは「パレスチナ切り捨て」、すなわち「抹殺」に他ならない。それを企図するこれら諸国の指導者が裏切者もいいところだ、と非難されるのも無理のないことだ。

◆同化政策とる余裕ない

パレスチナ問題発生の直接の原因は、シオニストと結託した当時の欧米諸国にも大いに責任のあるイスラエル建国そのものである。しかし、その一方でアラブ諸国は、この「大災厄」によって発生した大量のアラブ難民を受け入れたものの同化させず、「パレスチナ難民」と呼んで、一般市民と区別、差別した。もちろん、紛争当初は彼らをパレスチナ(=イスラエル)に帰還させることが目的であったのだから、すぐに同化政策をとる必要も、義務もなかったとは言える。しかし、その後戦争に負け、政治・外交的にも負け続ける中で、(唯一ヨルダンがそうしてきたように)パレスチナ人の同化政策が取られていれば、皮肉な言い方だが、問題は「抹殺」されていたかもしれない。しかし、今も湾岸諸国では、2代目、3代目としてその国で生まれても「パレスチナ人はパレスチナ人」である。問題を消し去りたいのなら、同化政策が取られなければならないが、石油収入が下がる中、爆発する人口の大部分を占める若年者に対し福祉国家の生活水準を維持するだけでもやっとの湾岸諸国に、そのような選択肢を選ぶ余裕は全くない。

トランプは中東を救えるか?

◆米新政権に命運託すサウジ

トランプ大統領が2月に大統領令を出し、特定の中東・アフリカ諸国(イスラム諸国)出身者の入国を禁止したとき、サウジアラビアはその指導的立場にもかかわらず、これを一切批判しなかった。実際、批判などしている場合ではなかった。サウド王家としては、にわかに出現した「救世主トランプ」の一挙手一投足を、固唾を飲んで見守っていたのである。そして、59発の巡航ミサイルがシリア政府軍の基地めがけて放たれたとき、サウジは一番乗りでこれを「全面的に支持する」と発表した。筆者はリアルタイムで情報収集に当たっていたが、この声明が出されたのは攻撃開始の数時間後、サウジ時間ではまだ早朝であった。おそらくは就寝中のムハンマド副皇太子あたりに攻撃の第一報が伝えられ、即断で発表されたのであろう。ことほど左様に、サウド王家はトランプ政権が新たに打ち出す中東政策にその命運を託している。旧オバマ政権の親イラン政策がもたらした「害悪」のために、サウジはまさに存亡の危機に追い込まれていたのである。

◆ミサイルでシリア情勢の潮目変わる

アサド政権による化学兵器の使用が、事態を180度ひっくり返した。後日アサド大統領は「完全なでっち上げ」と否定したが、「蛇足」の故事を学んでいれば、と気の毒に思う。それほどに、アサド政権による反体制派封じ込めはロシア、イランの献身的な後押しで完成間近であった。今回のミサイル攻撃は、アサド政権の軍事的優位に変化を与える効果は乏しいが、政治的な意味と影響力は限りなく大きい。「アサドの退陣はもはや優先事項でない」、「シリア国民が決めること」等としていた米国の方針が一夜にして「アサド政権に明日はない」に後戻りした。攻撃強行は、訪米した中国の習近平国家主席を迎える「礼砲」、との分析が正しいとしても、起きたことは起きたこと。動機が何であったにせよ、ミサイルは放たれ、シリア情勢の潮目は変わった。

◆米ロ、真の和平へ妥協の余地も

 東方に目を転ずると、「イスラム国」(IS)掃討作戦が進んでおり、イラクのモスルとシリアのラッカという2大拠点の陥落が目前だ。シリア和平の枠組み協議はジュネーブとアスタナの2トラックで進められてきたが、それは勝者(ロシア、イランに支援されたアサド政権)が敗者(反政府勢力とこれを支援するスンニ派国家・欧米)に既成事実を突きつけて服従を命じる側面が強かった。そこに、米国が待ったをかけたのである。また、待ったをされた側のロシアにも、実は悩みが尽きなかった。戦場の白兵戦を戦って政府軍を助けたのは、イラン革命防衛隊やヒズボラの民兵だったため、停戦後も彼らがシリア領内に居座ることとなれば、真の和平はほど遠いからである。つまり、いくら敗れたりとは言え、国民の大多数を占めるスンニ派住民を虐げたままでは、まともな国家運営ができるはずもない。ここに、米国もロシアも、永続的な政治解決を図ろうとすれば、イランの影響力の排除、アサド政権の無力化、場合によっては戦争・人道犯罪の追及、という点で妥協できる部分がある、ということなのだ。
独立に向けた蠢動を強めるクルディスタンと、これに反対するトルコも含め、政治プロセスの役者がそろった印象だ。トランプ政権の中東外交は一見行き当たりばったりに見えるが、実はイスラエルとスンニ派アラブ世界の権益を保護する歴代の伝統的な外交に回帰している。