◆中東情勢が原油価格に与える影響は小さい
中東情勢を研究していると明かすと、原油価格の動向について質問されることが多い。日本は輸入量の9割方を中東に依存しているので、「アラブ=アブラ(油)」というステレオタイプが普及したことは仕方がない。しかし、原油価格は実需とは何の関係もない世界の投機マネーの動向により左右されているだけでなく、生産量上位の国の顔ぶれを見れば、①米国、②サウジアラビア、③ロシア、④カナダ、⑤中国であることからもわかる通り、石油は中東地域だけでなく、世界各地で生産され、消費される「コモディティ」(商品)である。6位以下を見ても、ブラジル、メキシコといった非OPEC諸国が生産量を伸ばしたため、アラブ諸国が中心となって1960年に設立した価格カルテルOPECが価格支配力を失って久しい。4月17日にドーハで会合した主要産油国は「増産しない合意」すらできなかったが、市場は一旦下落の後、予想外の上昇に転じた。
◆原油価格が中東情勢に与える影響は大きい
このことからわかるように、中東の情勢が原油価格動向に与える影響は極めて限定的だ。しかし逆に、原油の動向が中東情勢に与える影響は絶大である。最近、シリア、イエメンで相次いで停戦合意が実現したのは、その理由を一つだけに限定できないが、両戦線の主要なプレーヤーであるサウジアラビアが、戦費の負担に耐えかねて手仕舞いを図ったからだ。石油モノカルチャーから脱していないサウジアラビアの財政は、油価の低迷で急激に悪化している。各種補助金は削減され、これまでのような高福祉国家の体制を維持することはできないだろう。多くの途上国は石油が出たばかりに開発が阻害されている。「石油の呪い」であるが、その典型例イラクでは、有数の確認埋蔵量に恵まれながら、石油資源があるばかりに侵略を受け、宗派間対立が煽られ、現在は支配階級に変わったシーア派内部で富の分配を巡って激しい対立が起きている。その上で国のほぼ唯一の収入源たる原油の価格がここまで下がっては、復興のための各種プロジェクトも立ち行かない恐れがある。
◆「枯渇後」に備え石油単一経済脱却の動きも
一方で、「枯渇後」を見据えた経済多様化の動きがある。最近の油価低迷がドバイの経済活動にどれほど悪影響があるか、専門家と意見交換したが、ドバイ在住のこの経済紙専門家は「例えばエミレーツ航空の燃費は大幅に下がって好利潤を生んでいる。かつては、油価の下落と景気後退は直結していたが、非石油部門が拡大した結果、歴史的にも初めて、プラスとマイナスの効果を比較考量しなければならない経済に育った」と述べた。また、アブダビは2011年に設立された国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の本部(事務局)をホストして、再生可能エネルギー先進国としての道を歩んでいる。われわれは中東に関する「思考停止」を脱却しなければならない。