ヒズボラ(神の党)恐れる湾岸諸国

◆「暗殺」が動かす中東の歴史

暗殺(assassination)という言葉が、11世紀のペルシャで暗躍したアサシン教団に由来することが示すとおり、中東の歴史は武装宗教集団が既存の秩序を破壊し新たな時代が始まる、というサイクルを繰り返している。それは今風に言えばテロが歴史を動かしている、ということであり、現代に生きるわれわれもそのパターンから逃れることはできない。シリアとイラクを中心に猛威をふるうイスラム国とその源流であるアルカーイダ系の諸集団の活動は、中東の領域を超えて欧州やアジアにも及ぶ。そこでロシアは、停戦に応じても「対テロ」作戦は続ける必要があるとして、シリア反政府勢力への空爆を事実上継続している。この残忍な民間人殺傷がテロとみなされないのは、ロシアが正統性を有する国家権力であって、正義の戦い、国際法に基づく戦いをしているからだ、という論理に基づくが、その一方で、シリア政府軍と共闘しているヒズボラというテロ組織の非合法性は忘れ去られている。

◆イラン神権政治のロボットアーム

ヒズボラ(「神の党」の意)は、1980年代前半にイラン神権政治がレバノンのベカー高原に創設した紛れもない非合法武装集団で、米国その他の主要国がテロ組織に指定している。政情の定まらないレバノンにおいては合法政党として多数の議員を国会に送り込んでいるが、やっていることは、士気が落ちかかったシリア政府軍を見事に支えたダマスカス近郊での勇敢な戦闘、イスラエルへのロケット弾発射などであり、シリア内戦の主要なプレーヤーである。つまり、ロシアはテロ組織と共に、「もうひとつのテロ」と戦っているということになる。またヒズボラやイランは、湾岸アラブ諸国にも地下細胞としてのヒズボラ別動隊を組織し、テロ攻撃を実践してきた(96年アルコバル米軍施設爆破事件など)。要するに、ヒズボラとはイラン神権政治が「革命の輸出」を図る上での「ロボットアーム」なのだ。

◆シーア派住民の扇動警戒

イランが国際社会に市民権(制裁解除)を得て、ロシアの参戦でシリアのアサド政権とヒズボラも息を吹き返したという現状下、サウジアラビアを盟主とする湾岸諸国は「革命の輸出」(=シーア派による組織的テロ)をかつてなく恐れている。これらの政権はスンニ派、シーア派いずれのテロリズムにも反対しているが、自らに火の粉を被らないテロであればスンニ派のテロ(イスラム国、アルカーイダ)には同情的だ。他方、シーア派テロ組織たるヒズボラがこれ以上力を得てはならないとの危機感から、3月上旬、GCC情報相会議は、ヒズボラの宣伝とみなされるあらゆる報道を禁止する共通のメカニズムを立ち上げることを合意した。人口の過半数をシーア派住民が占めるバーレーン、油田の集中する東部地区に全人口の10%に相当するシーア派住民が住むサウジアラビアなどで、「分離主義」が煽られるならば、それは「アラブの春」第3幕の始まりに他ならないからである。

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