「力による平和になびく中東世界

◆トランプ氏最大の政治ショー

アラブ側は代表を外相級に格下げしているというのに、上機嫌でカメラポーズをとる2人の首脳。弾劾裁判を辛うじて逃れ、支持率が上がらないまま大統領選挙を迎えるトランプ米大統領と、在任中にもかかわらず汚職容疑で起訴されるという、これまた前代未聞の醜聞の渦中にあるイスラエルのネタニヤフ首相である(注=判決確定まで逮捕されない)。15日、ホワイトハウスで行われたイスラエルと、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーンのアラブ2カ国との関係正常化合意の署名式は、2期目を狙うトランプ氏が最適なタイミングで打った最大の政治ショーだった。トランプ氏はこの功績でノーベル平和賞候補にもノミネートされたという。
しかし、ノルウェーの選考委員会が彼を選ぶ可能性はないだろう。27年前の9月13日、同じ場所で握手をしたアラファトPLO議長とイスラエルのラビン首相、ペレス外相にノーベル平和賞を授けたのは、イスラエルとパレスチナ双方が初めて相互承認して先行自治を開始し、パレスチナの最終的地位は交渉によって確定されるという、オスロ発の歴史的合意を祝福してのことであった。
だが、そのプロセスを一貫してサボタージュし、入植地拡大政策を続けてきたのがネタニヤフ政権だ。
そしてそれを200パーセント支持し、歴代米大統領の誰もが避けてきた「首都としてのエルサレム」承認をやってのけたのがトランプ氏である。この人に褒美を与えるのは、いかにも一貫性を欠くとの誹りを免れないだろう。

◆イスラエル強硬、アラブの譲歩導く

「力による平和」(Peace through Strength)が実現する。ネタニヤフ首相は訪米に先立って演説し、かねてから主張してきた通り、強硬姿勢を貫いたことがアラブ側の譲歩を導いたのだと喜びを隠さなかった。アラブ側が要求していた「平和と土地の交換」(パレスチナに領土を与えることでアラブ諸国と正常化すること)は「弱さによる平和」だと批判するネタニヤフ氏は、今回の合意によって「平和と平和の交換」が実現したのだと評価した。
「冷戦終結後、欧州は民主国家の同盟協力関係によって特殊な平和が保たれているが、中東地域はそうはいかない。力の論理しか信じない人々の世界なのだから」という彼の中東政策の基本路線は、トランプ氏の強硬な中東政策によって裏書きされている。

◆中東大混乱の根本原因

ネタニヤフ氏もトランプ氏もやっていることはひどいが、「力が平和をもたらす」という命題が真であることは、悲しいかな人類の歴史が教えるところだ。そもそも、ノーベル平和賞は理念・理想に傾き過ぎている、と誰もが思うだろう。「国際法に基づく解決」を旨としたオスロ合意は、パレスチナ人の苦難を4半世紀引き延ばしただけだった。UAEとバーレーンが「力」になびく決定をした背景には、「ノーベル平和賞オバマ」によるイランとの宥和政策の大失敗がある。演説ひとつで平和賞を貰ったと揶揄されるオバマ大統領がイランを追い詰めることを止め、イラク、シリアも放置した結果が今日の中東大混乱の根本原因である。
サウジの石油施設はドローン攻撃され、首都リヤドには弾道ミサイルが飛んできているのだ。またUAE沖ではタンカーの破壊工作が行われ、レバノンで信じられないような大爆発が起きても、親イラン政治勢力のヒズボラが責任を問われることがない。これほど域内の安全が脅かされた時代に頼れるのはただひとつ。スーパーパワーによる庇護である。UAEはイスラエルと結んで何も失うものはなかった。
ただ、米国との同盟関係がはっきりしたのだ。他国は浮足立っている。

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