シリアのかたきをドイツで討つ

◆アサド政権の犯罪裁く

先月23日、ドイツのコブレンツ高等裁判所でアサド・シリア政権の治安将校2人の「人道に対する罪」を問う裁判が始まった 。この10年間、反政府運動に対して筆舌に尽くし難い残虐行為を行ってきたシリア政権側の人物に対する裁判としては世界で初めてのことで、国際的にも注目されたが、新型コロナ問題一色の我が国メディアがこれを取り上げることはほとんどなかった。
ドイツに難民として入国後、個別に逮捕された2人の罪状は異なるが、主犯格のアンワル被告の場合、2011年から翌年までの1年間にダマスカス刑務所で4000人 以上を拷問し、58人を死亡させた責任を問われている。性的陵虐も含むこの起訴事実は、同様に難民としてドイツに入国した「被害者」たちの証言で明らかになったのである。しかし、シリアで起きたシリア人の「犯罪」がドイツ検察により起訴される、とはどういうことか? そこには 二つのキーワードがあった 。

◆広がる「 普遍的管轄権 」

その一つは、ドイツが「普遍的管轄権」を認めていること。普遍的管轄権とは、ある国家(ま たは国際機関)が、犯罪の行われた場所や、被告の国籍、居住国等にかかわらず 、当該被告に刑事司法権を行使できるとする考え方だ。そして第2に、それは「人道に対する罪」や戦争犯罪のように、重大かつ普遍的な犯罪であること。ドイツではこの原則を明文化した法律があり、これに基づき、コブレンツ高裁が第一審裁判所として公判を開くに至ったということなのだ。
一方で我が国では、戦勝国によって一方的に裁かれた東京裁判のトラウマか、はたまた国際情勢に疎く、権利意識が乏しい「島国根性」のなせる業か、この面での法律は整備されておらず、むしろ、その法理を疑う議論すらあるようだ。しかし欧州ではノルウェーなど、ドイツと同じように国内法の整備の進んでいる国が増えている。今回、アサド政権の犯罪が暴かれるのは 世界で初めてだが、元秘密警察要員である被疑者が生活していることがわかっているノルウェー等で、さらなる訴追に道を開くことが期待されている、と外電は報じている 。

◆「先進国」たり得るために

コブレンツの公判が開かれた4月下旬と言えば、ドイツは新型コロナウイルスが猛威を 振るっている真っ最中 で、裁判どころではなかったと思われるが、筆者はメルケル首相の卓越した指導力に感心する傍らで、このニュースに接し、さすが「先進国」と膝を打った次第である。国家の危機を管理する上で有能な指導者を戴く国は、世界を人道でリードする裁判を行うことのできる法制度があり、これを支持する国民によって支えられていたのだ。日本の刑事制度の「遅れ」については、カルロス・ゴーン被告の逃亡を機に注目されたが、それは、単に刑事被疑者の権利の問題にとどまらない。
アサド政権の「世紀の犯罪」が今も暴かれずにいるのは、国際政治の前近代性に原因 があり、安保理でロシア、中国が反対すると特別法廷の設置もままならないからである。国際刑事裁判所( ICC )も機能していない。今次のパンデミックでグローバル化にはブレーキがかかったとはいえ、人類はまた、交流と衝突を繰り返していくだろう。政治と人文科学の面では周回遅れの我が国が、曲がりなりにも先進国に伍し、国際貢献をしていくためには、普遍的管轄権を認める法制度の整備が急務だ。

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