イランとイスラエル、対決不可避か

◆転落の始まり?

 イラン大統領選に勝利したライシ師が保守強硬派であり、核合意再開交渉の行方を含め、中東情勢に与える影響が懸念されるとの論評がかまびすしい。一つ指摘したいのは、イランは大統領制ではないということだ。日本語で「大統領」と呼ばれるイランの「プレジデント」は「政府の長」であって、普通の国においては首相級である。「イスラム法学者による支配」原則で統治されているイランには最高指導者ハメネイ師が君臨し、イスラム革命(1979年)以来、聖職者階級を革命防衛隊組織が支えている。

 今回の大統領選の意味を問うアラブや欧米の論評の洪水の中で、最も腑(ふ)に落ちたのは、イランには選挙で選ばれる支配層と、そうでない層があるが、この度は選挙で選ばれることのない真の支配層が、選挙で選ばれるべき人事にまで手を出して、わずかな民意のくみ上げの機会もじゅうりんしてしまった、という見方であった。

 ハメネイ指導体制は、候補者の事前審査と有力候補への辞退説得という姑息(こそく)な手段を駆使して、子飼いの「イエスマン」、ライシ師の当選を確保しようとの挙に出た。それは、長年の圧政に反発する国民の静かな圧力に追い詰められた結果であって、「転落の始まりだ」とこの論者は指摘する。

◆新政権の最重要課題

 公正な選挙の結果選ばれた政府であれば、国民の不満が爆発した場合、「辞任―再選挙」というプロセスが衝撃を吸収するが、最高指導者の後ろ盾で政治を動かす大統領は、この先、ますます国民の社会・経済的不満と対峙(たいじ)しなければならなくなった時にバッファー(緩衝材)とはなり得ない。

 このように考えると、核合意をめぐる交渉をまとめ、米国による経済制裁(封鎖)の解除を勝ち取ることがイラン新政権の最重要課題であることが分かる。バイデン米政権もこれを公約としているので、交渉は早晩まとまる可能性が高い。

 一方、制裁の解除に強硬に反対しているのがイスラエルで、この方針は、極右から左翼、そしてアラブ政党までを束ねてようやく政権奪取したベネット新内閣といえども、旧政権と何ら変わらない。それは無理もないことである。ガザ地区から発射され、「飽和攻撃」的に雨あられと降ってきた高性能ロケット弾はイランが供与したものに他ならないし、北の国境のすぐ向こうには、さらに強力なロケット弾を備蓄したシーア派組織ヒズボラがいる。いわゆる「抵抗枢軸」は今、かつてなく鼻息が荒いのだ。

◆米国が制裁を続ければ…

 核合意再開のための交渉に、彼らのような親イランの武装組織の取り扱いをめぐる議論も含めるべきだ、との主張がある。気が付けば、革命防衛隊は対イスラエル国境(シリア)まで進出し、イエメンではイランの支援を受けるフーシ派が弾道ミサイルとドローンでサウジアラビアを苦しめ続けている。シリアに越境しているイラクの親イラン民兵組織は米軍とのゲリラ戦を止める気配がない。国内経済が苦しいというのに、イランの国外の軍事プレゼンスが分不相応なまでに拡大しているのは驚きだ。ウィーンにおける交渉の俎上(そじょう)には上っていないようだが、イスラエルは大いに不満なようだ。

 今後、米国とイラン、双方の方向の異なる政治的意思が合致して、核合意が復活するようなことがあっても、イランがイスラエルおよび近隣アラブ諸国にこれほどあからさまにナイフを突きつけている情勢が放置されるとは思えない。米国が引けばイスラエルは「自衛の戦争」を起こすであろうし、米国が制裁を続ければ、国内的にもたないイランは、各武装組織を動かして新たな戦争を始めるのではないか。

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