-通訳者になる(2)-

私は、入省直後の4ヶ月の外務省研修所での座学、その後エジプトでの3年間の語学研修を経て「アラビスト」に養成されました。これだけの恵まれた環境を与えられたわけですから、言葉の技を磨いて、納税者(国民全体)に奉仕しなければ罰が当たる、というのが当時から今の今までに至る私のモットーです。
研修後は、湾岸のカタールに2年間、次いで北アフリカのチュニジアに4年2ヶ月書記官勤めをしました。書記官というのは、会社で言えばヒラの正社員、というような地位になります。、もっとも、一等書記官になるにはかなりの経験を必要としますので、本省では課長補佐以上の人が任命されます。そして参事官、公使と昇格し、最終的には天皇陛下に任命される特命全権大使として国を代表する、というのが外交官の辿るべきキャリアです。
大使館にひとりしかいないアラビア語の使い手ですから、任務は多岐に渡りました。が、何と言っても、日々新聞やTV・ラジオを通じて流される政治情報を翻訳して報告したり、PLO幹部やジャーナリストと政治情勢を議論(というより、お話を聞きに行くのですが)することが私の語学能力を少しづつ高めて行きました。研修期間とあわせて9年2ヶ月の中東勤務を終えて本省に戻ったとき、おそらく私は最も「活きのいい」通訳要員であったろうと思います。すぐに外相や総理のアラブ賓客との会談の通訳という任務が回ってきました。
外相、総理の通訳というと、随分難しいことをしているように思われるかもしれませんが、数ある通訳の種類の中では、最も簡単な部類に属するものです。というのは、話をする人がお互いに大変立派な方であるだけに、意味不明の言葉を発する危険性はほとんどなく、また多くの場合、その発言内容は事前にわかっていて準備しておくことができます。つまり、「復興資金として50億ドル」とか、「○○殿下のご成婚おめでとうございます」という具合です。200カ国を相手にする外相、総理が、毎日複数来訪する海外賓客とどんな話をしたらいいか、全部把握しているはずはありません。その都度、事務方である担当課が「発言要領」という紙を作って提出し、事前に勉強していただきます。特に微妙な問題を抱えているときなど、「このように言ってください」と「振り付け」をしますので、通訳者は総理の口からどんな発言が出てくるか、事前にわかっていてその瞬間を待っていればよいのです。
通訳とは、考える時間を持ってはなりません。「オウム返し」という言葉がありますが、瞬時に、今耳で聞いたことと同じことを、別の言語で話す、という「芸」です。そのマジックの種明かしは、題を改めてすることになりますけれども、このように、「相手が何を言うか想像がついている」「話される話題について事前の知識がある」という状況を作ることが出来れば、その会談通訳は「戦わずして勝つ」状態、
つまり、始まる前に通訳者は勝っていることになります。
それでも、一国の最高の人格と人格がぶつかり合う場ですから、振り付けた話だけに終わるということはほとんどありません。しばしば、「処世訓」「故事、ことわざ」などが飛び出すもので、その瞬間にどう対応できるか、が経験と見識を問われる場面なのです。

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