同時通訳(2) シャドウィング

同時通訳の訓練のひとつに、シャドウィングというものがあります。これは文字通り「影のようについて行く」わけで、耳に聞こえてくるステートメント(言葉)をそのまま口に出してみる訓練です。
あるひとが「今朝はとても寒かったけど、早起きして明治神宮に初詣に行ったの。境内の緑に朝日がきらきら輝いて、とてもすがすがしい気持ちになったわ。」と言ったとします。これを聞くや否や、「今朝はとても寒かったけど、早起きして…」といきなり真似したら相手は怒り出してしまうでしょう。そう、まさにオウム返しです。しかし、逐語通訳の場面を思い描いてみて下さい。通訳を介した会話というのは、必ず、同じことを2回(ただし別の言語で)繰り返すことによって成立しています。
訓練を受ける人が二人いれば、このような、メッセージ性のある文章を5分、10分と、どちらか一人が読み上げ、もうひとりはそれについて行く(同じ文章を口に出して言う)という練習をします。また、これはひとりでもできます。私が教材にお勧めしているのは、NHKの「BSニュース」です。毎正時に10分から15分間、中身の濃い情報が、きれいな文章で、一定の速度で伝えられます。読者の皆さんも試しにちょっとやってみませんか。「何だ、日本語か。バカにするな」と思われるかもしれませんが、案外集中力を要するものだ、ということや、ちょっと躓くと、もうついて行けなくなる、というようなことがおわかりになると思います。テレビの音量が小さいと、自分の声が妨げとなってアナウンサーの次の一言が聞き取れない、といったようなことに気がつかれる方もあるかもしれません。
同時通訳者は、これは難なくできます。それは当然のことです。同時通訳者はこのスピードで別の言語に翻訳しながらついて行くのです。ただ、実際の通訳の際行われるこの言葉の置き換え作業は、日本語⇔英語、日本語⇔アラビア語のように、語順の異なる言語の場合、大きな困難を伴います。
語順が大体同じである欧州言語間では、耳に聞いた単語の訳語を機械的に吐き出しながら、ところどころ、その言葉にふさわしい文法活用、修飾、表現をちりばめていけばよいので比較的簡単です(だろうと思います)。しかし、日本語、英語間ではそうはいきません(アラビア語の場合も大体同じです)。
「私は日曜日の午後に弟に会うため羽田を発って飛行機で札幌に行った。」 は、日本語として正しい文章です。
しかし、この語順のまま英語に翻訳してシャドウィングしますと
I in Sunday afternoon brother to meet haneda departed by airplane to Sapporo went.
といった具合になって、何のことか全くわかりません。実に、最後の「行った」を聞くまでは随分と時間があるにも関わらず、同時通訳者は、
I went to Sapporo in Sunday afternoon…
と、最初に言わねばならないのです。もし、「行った」と発言者の口が動くのを待ってスタートしたのでは、遅れてしまいます。
…to meet my brother. と訳し終えたとき、発言者は遠くに行ってしまっていることでしょう。
では、同時通訳者はどのようにしてこの不可能を可能に変えているのでしょうか。

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