7月16日、弊社映像部に同行して福島県の緊急時避難準備区域内で行われた「川内村健康相談会」を取材しました。
川内村は、その東部分(富岡町方面)が福島第一原発から20Km以内の警戒区域に入り、その他の約3分の2の面積は30km以内の「緊急時避難準備区域」に属しています。
警戒区域に至る道路は通行止となっています。(村役場側より)
健診が行われた村立河内村小学校です。村は目にしみる緑に覆われ、東京から来たわれわれにとってはこの上なく清々しい空気に包まれていました。一部の建物の屋根の瓦に被害を見つけたことの他、地震の影響を感じることはできません。立派な校舎の奥に見える体育館が健診会場です。
健診は、川内村内(避難準備区域)に残っている住民を対象に行われ、約200人が朝8時から相次いで会場に足を運びました。驚くことに、震災後健康診断が行われるのは4ヶ月以上経ったこの日が初めてということです。しかし、そもそも事故についての情報提供が全くなく、自治体(村長)の決断で村民全員の自主避難をしなければならなかった村にとって、善意の手が差し伸べられなければ、このような健診の機会は更に何ヵ月か、あるいは年単位で実施が遅れたかも知れません。関係者のお話から、現在の日本の行政が抱える課題が浮き彫りになりました。
健診を行なったのは川内村ですが、村役場ごと郡山市に「避難」している村を支援したのは、東京大学医科学研究所の上 昌広教授を中心とする医師、医療スタッフと学生、そして、この活動をロジスティックの側面から支援している星槎グループ(本部:神奈川県大磯町)のボランティアの方々です。(医師12人、看護師4人、総勢32人)
健診の背景、目的、結果等を取材しました。(別原稿)
健診会場を後にして、村民の心の拠り所とも言える「天山文庫」を訪ねました。詩人草野心平と村民の心と心の交流の所産であるこの建物の周りは、隣接する阿武隈民芸館とも、きれいに手入れされていました。もちろん、震災の日以来、閉館したままであるにも拘わらず、です。
私たちが訪れたこの7月16日は、奇しくもこの天山文庫の周りで行われる村一番の祭り「天山祭り」(下の資料写真:村HPより)の日に当たっていました。福島第一の事故終息に向けた作業が好転し、緊急時避難準備の指定が一日も早く解かれ、来年は是非とも祭りの復活を見たいものだ、と願わずにはいられませんでした。
<訂正>今年の天山祭りは7月23日(土)に実施されるようです。普段にも増してにぎやかなお祭りとなりますよう期待しております。(7月20日記)
コメント
SECRET: 1
PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
下記の事情であなたのブログを読んでの所感をお伝えします。
川内村への医療グループの訪問は、地獄に仏という古い表現に該当するが、この住民生活の継続を励ますだけの域外からの関わりは、残酷に見えてくる。
村民がいまも福島原発に近い住所で生活しているというのは、それ自体が私には驚きである。住民の判断の理由は下記記事などから想像できるのだが、日本政府のずさんな放射能汚染対策が背景にあることを思わざるを得ない。
福島原発関連の日本政治の現状は、「人柱政治」でも、きつい表現、乱暴な表現と思っていたが、住民の命に対してもっと残酷であったということである。
50キロと言わず、もっと広範囲の周辺住民は、もっと自分の命を大事にしても良いのではないか。避難を人生の目標にすることがあってもよい。そのための政治的要求が叫ばれても良いのではないか。あまりに行儀が良いのは政治的に不正義ではないのか。
住民のいろいろの都合で命を張っているのかもしれないのに、要らぬ口出しであると怒られるかもしれないが、伝える機会があれば言うべきではないか。
政府公開の情報だが、下記の朝日記事では、保安院が5月に、がれきの放射線量測定値を発表していることがわかる。土壌の値より低いというのは意味不明だが、川内村は放射線量が低いのである。
このような測定値を信頼したからといって、住民を責める理由にはならない。
ただ、政府情報が正確であったなら、いま、どうして、川内村より遠方の肉牛飼料の野積みの稲わらから高濃度放射線量が測定されているのか、である。
思い返して、がれきの線量測定が的確に行われていなかったということをあらためて疑ってほしい。さらに疑れば、これまでの報道用政府発表は、安全であるとの政治的前提があって、それを数字にあらわす手続きでしかなかったのではないか、である。
asahi.com: 2011年5月27日18時53分
がれきの放射性物質、土壌を下回る 福島の全地点で
福島県内の積算放射線量
経済産業省原子力安全・保安院は27日、福島県内の仮置き場に積まれたがれきの放射性物質の測定結果を公表した。全ての地点で土壌の値を下回ったという。
測定したのは、浜通り地方と中通り地方のがれきの仮置き場13カ所。原発から20キロ圏内の警戒区域と計画的避難区域は除いた。野積みされた家具や瓦、コンクリートなどを測定した。
その結果、南相馬市の仮置き場の瓦から検出された放射性セシウムの値(1グラム当たり2.8ベクレル)が最も高かった。ただし、これまでに土壌で検出されている値より高いものはなかったとしている。
SECRET: 0
PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
木屋野正勝 様
貴重なコメントを頂戴し、ありがとうございました。
当ブログは開かれた議論を指向しておりますので、
よろしければこれからも公開でご意見を頂戴できれば、と思います。
ご意見に関しては、なるほどと思う部分もありますが、
現場で被災された方に接した感想を言えば、自分の生まれた土地、
自分の家がそのままあるのにそれを捨てて新しい生活をする、という
ふんぎりがつかないというのは当然のことと思いました。
「域外からの関わり」が、それを奨励しているというのは
当たらないと思います。
新谷恵司
> 下記の事情であなたのブログを読んでの所感をお伝えします。
>
> 川内村への医療グループの訪問は、地獄に仏という古い表現に該当するが、この住民生活の継続を励ますだけの域外からの関わりは、残酷に見えてくる。
> 村民がいまも福島原発に近い住所で生活しているというのは、それ自体が私には驚きである。住民の判断の理由は下記記事などから想像できるのだが、日本政府のずさんな放射能汚染対策が背景にあることを思わざるを得ない。
> 福島原発関連の日本政治の現状は、「人柱政治」でも、きつい表現、乱暴な表現と思っていたが、住民の命に対してもっと残酷であったということである。
> 50キロと言わず、もっと広範囲の周辺住民は、もっと自分の命を大事にしても良いのではないか。避難を人生の目標にすることがあってもよい。そのための政治的要求が叫ばれても良いのではないか。あまりに行儀が良いのは政治的に不正義ではないのか。
>
> 住民のいろいろの都合で命を張っているのかもしれないのに、要らぬ口出しであると怒られるかもしれないが、伝える機会があれば言うべきではないか。
>
> 政府公開の情報だが、下記の朝日記事では、保安院が5月に、がれきの放射線量測定値を発表していることがわかる。土壌の値より低いというのは意味不明だが、川内村は放射線量が低いのである。
> このような測定値を信頼したからといって、住民を責める理由にはならない。
> ただ、政府情報が正確であったなら、いま、どうして、川内村より遠方の肉牛飼料の野積みの稲わらから高濃度放射線量が測定されているのか、である。
> 思い返して、がれきの線量測定が的確に行われていなかったということをあらためて疑ってほしい。さらに疑れば、これまでの報道用政府発表は、安全であるとの政治的前提があって、それを数字にあらわす手続きでしかなかったのではないか、である。
>
> asahi.com: 2011年5月27日18時53分
> がれきの放射性物質、土壌を下回る 福島の全地点で
>
> 福島県内の積算放射線量
> 経済産業省原子力安全・保安院は27日、福島県内の仮置き場に積まれたがれきの放射性物質の測定結果を公表した。全ての地点で土壌の値を下回ったという。
> 測定したのは、浜通り地方と中通り地方のがれきの仮置き場13カ所。原発から20キロ圏内の警戒区域と計画的避難区域は除いた。野積みされた家具や瓦、コンクリートなどを測定した。
> その結果、南相馬市の仮置き場の瓦から検出された放射性セシウムの値(1グラム当たり2.8ベクレル)が最も高かった。ただし、これまでに土壌で検出されている値より高いものはなかったとしている。