◆米中央軍傘下に イスラエル
1月15日、米国防総省はイスラエルを中央軍傘下に移管すると発表した。中央軍とは中東とアフリカの一部をカバーしている、世界に9つある米統合軍のひとつである。これまで欧州軍が見ていたイスラエルを中央軍の司令下に置くことで、米国はサウジアラビアや アラブ首長国連邦( UAE、カタールなどアラブの同盟諸国の軍と一緒に、イスラエル軍ともフロリダ州タンパにある司令本部ひとつで共同作戦を行えるようになる。それがこの組織改編の目的であろうことは、素人目にも歴然だ。
「国交正常化は、具体的な経済的・軍事的措置が伴わなければ空証文に過ぎない」と、あるアラブの識者は指摘したが、イスラエルとUAEなど の 国交正常化後、UAEのドバイにはイスラエル人観光客が押し寄せ 、イスラエルと湾岸諸国の関係は堰を切ったように活発化している。
◆イスラエルとアラブの同盟構築
2021年の中東は、きのうまで反目し合っていた サウジのムハンマド皇太子とカタールのタミーム 首長が熱い抱擁を交わし、3年以上に及んだ空域と陸海国境の封鎖が解除されるという大ニュースで幕を開けた 。 しかし、和解のための条件が何一つ実行されない中、突然の展開が起きた理由について納得のいく説明は聞かれなかった 。
しかし、私はこのニュースを通訳放送しながら、トランプ前米政権が一貫して追求していたことは、イスラエル・アラブ湾岸諸国・米国が連帯してイランの軍事的脅威に対峙(たいじ する ことだったのだ、というシナリオが腑に落ちた。それは新しい中東戦略地図の出現であり、カタールのウデイドに最大最新鋭の基地を置く米中央軍が主役を演じることだ、ともアラブのメディアは書き立てている 。
この発表の数日前、ポンペオ前国務長官はツイッターで 、2回目の弾劾訴追 を受けたトランプ氏について「ノーベル平和賞にふさわしい」と投稿して、世界の失笑を買った。しかし、イランに対抗してイスラエルとアラブという「宿敵」同士が同盟を構築するというのは、半世紀に一度あるかないかの戦略的大転換だ。ポンペオ氏はトランプ氏を賞賛することで、自らの外交成果を誇示したかったのであろう。
◆イランと交渉破綻の場合
イラン情勢は悪化の一途をたどっている。イラン経済は米国による制裁強化とコロナ禍でかつてない水準に疲弊し、それが、イラン側の①ウラン濃縮レベルの20%への引き上げ ②金属ウラン製造の研究開発着手といった、核兵器製造に大きく近づく核合意違反のステップをちらつかせるという瀬戸際外交を招いている。
バイデン政権は、核合意への復帰を基本政策とするとみられるが、そのためには①イラン国外の民兵組織を通じたアラブ諸国への敵対行為 ②弾道ミサイル開発の二つを抑制する必要があるとの 、近隣アラブ諸国や欧州(英、仏、独)の要求も考慮しなければならない。よってこれを頭から拒否してウラン濃縮活動を続けるイランとの交渉は容易でなく、それは早晩袋小路に入る可能性が高い。
1981年にイラクの原子炉を電撃空爆したイスラエルは 、イランの核疑惑が高まるたびに、イランの施設をも爆撃するのではないか、と言われ続けてきた。そのイスラエルとサウジ、UAEが手を組む時代が到来したのだ。中東はより安全になるのか。むしろ、交渉の破綻で共同作戦によるイラン核施設攻撃といった限定戦争が引き起こされる可能性が 高まったのではないか。トランプ政権の置き土産は、中東と世界を幸せにも不幸にもする諸刃の剣だ。バイデン新政権の責任は重い。