計略とメディア(リビアの「誤報」)

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From Al Quds Al Arabi Newspaper
アラブの戦争の歴史が、昔から計略、謀略に満ち溢れていることは、たとえば今年初めお亡くなりになった牟田口義郎さんの好著「物語 中東の歴史」(中公新書)に詳しい。ペルシャとアラブ・イスラム軍が戦ったカーディシーヤの戦い(西暦637年、イラク)では、アラブ軍の将「カウカーウ」が、自らの兵力の一部を密かに切り離し、ペルシャ側に援軍が来る頃を見計らって自軍の背後から地平線に姿を表すよう命令した。このようにして敵を欺くと同時に、ただでさえ強い敵への増援を見た自軍の兵士たちが戦意を喪失しないよう、自軍の兵士をも欺くことで士気を保ったのである。この史実については恥ずかしながらこの本を拝読するまで知らなかった。
リビアのカダフィ指導者の後継者、セイフルイスラムがTNC側に拘束されたという報道がありながら、本人が西側報道陣の前に現れ、政府軍側の方ががまだまだ強いと演説をぶって、またどこへともなく消え去った、という信じられない展開にきのうは唖然とさせられたが、謀略のやりとり、という文脈で考えると十分に説明のつく事象であるように思われる。
「セイフは実は拘束されていたのだが、逃亡に成功した」などという惨めったらしい言い訳報道まできょうは出回っているが、おそらく、「セイフ拘束」の報はTNC側が流した偽情報であろう。カダフィの実質的な後継者であり実力者であるセイフが捕われた、とあっては、カダフィ部隊側の士気が一気に低下するのは必定だ。そこで、トリポリ市内へ進撃したTNC民兵の犠牲をできるだけ少なくする(すなわち、兵法の要諦たる「戦わずして勝つ」)ために一計を案じたTNC側が流したのであろう。
それを確認せずに拡散した衛星テレビ各局の姿勢、ないし責任をどう考えるべきか。また、確認しなかったのはアラブ人ジャーナリストの未熟さゆえのことなのか、はたまた、故意の所業なのか、この点は歴史的な重要性を持つ要素であり、真相の究明が待たれる。
アルジャジーラに関して言えば、この革命はアルジャジーラによって起こされたといってもよいほどで、同局の伝える情報、戦況が革命の火に更なる油を注ぎ、欧米を巻き込む戦争を主導してきたことはこのコラムでも以前書いたことがある。アルジャジーラがこれまで伝えたことには、本件を含め、事実無根であったり、歪められたものが多かった。しかも今次、TNCの民兵(アラビア語では反乱者たち、と呼ぶ)とともにトリポリ入りした同局の取材班が伝える手法は、湾岸戦争の際に米側に従軍したFOXそっくりである。したがって、本件誤報を報道前に確認しなかったことについて故意か、過失かと問うのは、もはや意味がないように思われる。
欧米メディアを含む他局については、もう少し慎重な事実関係の確認を望みたいと思う。特にアルジャジーラがこれだからなおさら、ということもある。私自身については、「セイフまで捕まった?うそー!」と思いながらもその報道は疑うべきだ、とまでは言えず流されてしまった。猛省している。

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