善いデモと悪いデモ

ロンドン発行の汎アラブ紙「al quds al arabi」は、12日付同紙トップで、「サウジアラビア東部州のカティーフで、政府治安組織によって射殺されたシーア派住民の葬儀に数千人が繰り出し、州知事を非難し、サウド家批判のプラカードを掲げたデモを行なった」と伝えている。
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(al quds al arabi 電子版より 11日のデモの様子)
アラブの春と呼ばれる民衆蜂起がアラブ世界の各地で起きても、サウジアラビアの人々は「デモの仕方をしらない」などという解説付きで、未だ大きな動きは起こっていないとされてきた。しかし、真相はあまり報道されていないだけで、シーア派住民が多数を占める東部州、特にこのカティーフでは繰り返しデモや警察部隊との衝突が起きていた。そしてその行動は徐々に大きくなっているようだ。
今回の事態は、8日、東部州シーア派住民の有力指導者、ニムル バーキル アルニムル氏が連行されたことに抗議した人々を覆面の狙撃手が撃ち、2人が死亡したことから発展しているものである。
この新聞はトップで伝えているが、サウジ国内のメディアは完全に沈黙していることだろう。それはある意味やむを得ない(積極的に肯定するものでないけれど)。しかし、問題は、AlJazeeraの立場だ。弊社では同局のアラビア語チャンネルをモニターしているが、本件は全く取り上げられていないか、取り上げても、極めて小さな扱いにとどまったものと見られる。
AlJazeeraは、リビアやイエメン、そしてシリアでの民衆蜂起や反政府活動を必要以上にプレイアップして旧政権の目の敵となった。その役割がなかったら、カダフィの惨殺もなかっただろうと言える。しかし、サウジの庶民の声には意図的に沈黙している。その影響力を考えれば、沈黙するのはある意味当然だ。シリアやリビアと同じことをしたら、まさに世界をひっくり返す大事件に発展する危険すらある。ただ、それでも敢えて報道する、というのが従来のAlJazeeraだった。それをしない、というのなら、シリアやリビアについても慎重な報道が望まれた。あまりに恣意的な電波の使い方をしていると、そのうち、民衆からもそっぽを向かれる。都合のよいデモは応援し、都合の悪いデモは隠す、というのは報道機関ではない。看板が泣いている。
また、このこととは別に、米軍はホルムズ海峡への海軍力増強を実施し、CIA長官が訪サするなどの動きを見せている。ラマダン月は通常穏やかに過ぎるものだが、時に熱い戦争の起きることもある。何か不穏な感じがする。

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