イスラム世界の変革に期待する

◆アラブの春から5年 深まる混迷

サウジアラビアの著名ジャーナリスト、カショギ氏は、ドバイのムハンマド首長の言葉を借りて、「叡智とガバナンス」によって「幸福な中東」という夢は実現可能だ、と意気消沈気味の世論を鼓舞しようと懸命だ。しかし、「アラブの春」から丸5年が経過した中東の安全保障をめぐる情勢は、客観的に見て今後も一段と悪化する可能性が高い。チュニジアに始まった革命の波は、ノーベル平和賞をもたらした民主化プロセスを生んだ一方で、エジプトにはシシ政権という「アンシャン・レジーム(旧体制)」が強権的な政治を復活させた。シリアの内戦に至っては「第三次世界大戦」と呼ぶ人も出る始末で、米、ロ、仏、トルコ、イラン、イスラエルなど大国の直接介入に発展した。主(あるじ)なきリビアの砂漠はテロリスト安住の地と化し、世界各地で中東由来のテロ事件が間欠泉のように噴出している。

◆宗教的過激主義をどう抑えるか

革命とは暴力による政権の打倒であり、打倒に成功しても、代替権力が確立され、法と秩序が強制されなければ意味はない。1979年のイランの革命は聖職者階級が乗っ取った。エジプトでもイスラム過激主義のムスリム同胞団が宿願を果たしたかに見えたが、旧体制の大反撃に遭い、再び地下に潜ってしまった。シシ政権の人権を無視した強権政治は欧米の批判に晒される半面、もし、この歯止めがなかったらイスラム過激主義は世界をどこまで混乱に陥れたのか、という問いに答えられる指導者はいない。宗教的過激主義を抑えていく上で、問答無用で牢獄にぶち込むエジプト方式はひとつの選択肢なのだ。しかし、その方法によっても過激主義者は信条を変えず、結果、テロが生まれるのだ、と人々は考える。過激主義を抑えるには、その「間違った考え」自体を正す努力をしなければならない。

◆サウジの漸進改革

「革命」がまだ及んでいないサウジアラビアは、もちろんそのことに気付いている。ワッハーブ主義という「過激主義」を屋台骨に建国された同王国では、その思想がビンラディンを生み、国民の少なからぬ層が持つIS(イスラム国)への心情的支持、金銭的支援につながっているという事実がある。9.11事件以降、政府は過激主義の誤りを積極的に正し、穏健なイスラムのリーダーに変貌しようと努力している。12月の女性の地方議会選挙初参加に見られるように、改革が漸進しているのだ。「世俗主義」 は、敬虔なイスラム教徒の間で禁句だが、宗教上の教えは個人の心の問題としてとどめて置き、他の宗教や無宗教の人とも普通の態度で接することができるという世俗的な宗教にイスラムが変ることができるのかどうか、が問われている。2016年の人類史上の課題は、イスラムだけが「神懸かった」宗教でいてよい、という独りよがりを是正することである。 

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