ビンラディンの死(その3)

私は現在もキリスト教徒の地を旅行中で、短時間ネットを覗きテレビを見る程度で多くのソースに接することがない。このため、引き続きとりあえずの感想である。
オバマ発表を聞いた直後に書いた私のコメント(2つ前)は、どうやら大いに時代遅れであったらしい。
もちろん、そのように感じたのだからそれはあるひとつの見方であり、かなりの比率で同じように感じたアラブ人、イスラム教徒、研究者がいたに違いない。
しかし、これまでの国際衛星テレビニュースやアラビア語紙の反応を概観する限り、ビンラディンはもはや、その価値を失ってしまっている。穏健な大多数のイスラム教徒は、もともと過激なイスラム・テロに辟易していたし、アメリカの対中東侵略を正当化するためだけに存在していたかのようなビンラディンとアルカーイダに反発していた。そこに民衆蜂起による政権転覆がチュニジア、エジプトで起き、人々は「やればできる」と自信をつけている。アジるだけアジり、自分は民家に籠り一夫多妻で16人もの子を設けて隠遁生活を送っていた男など、「アラブの反乱」の旗印にふさわしいと誰が思うであろうか。
一方、過激主義者(弟子たち)からはハンで押したような追悼復讐声明が出ているが、それを額面通りに受け取ることもあるまい。もちろん、テロ作戦決行の動機は十分与えられたわけだから、小規模なテロが起きる危険は急激に増したと思われるも、大規模テロを起すだけの能力のある組織が育ち、その分子に十分な庇護と資金が与えられている状況があるのだろうか。小生としては否定的に見ている。
とすれば、ビンラディンの死は、少なくともイスラム側には何の変化ももたらさなかった、と言ってよいだろう。

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