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アルジェリア南部からのメール

FBを通じて、貴重な情報をくれるアルジェリア南部の青年政治家に対し、アルジェリア当局がテロに断固とした姿勢を示したことを支持し、敬意を表すると伝えておいたところ、これに対する返信があった。示唆に富む情報であり、本人の許可を得て、以下にそのままを訳出した。
兄弟へ
 この作戦の重大さ、特にその治安情勢や経済、社会、政治面での影響の大きさを考えるとき、貴殿のように寛大な理解を示す人は少なかろうと思う。私は、ここに全ての犠牲者に対し哀悼と同情の念を表したい。今現在も、「多国籍テロリストグループ」が残した地雷の撤去の困難さのために、ご遺体が発見されつつある過程にある。重要ないくつかの点を指摘したい。
1)武装勢力は、投降と人質の解放を拒み、治安部隊側に、包囲を解いて外国人人質と共に逃走できるよう道を開けろと要求していた。マリへ逃げ込み、同国の戦争に人質で影響を与えるためである。従って、強行解決はとり得る唯一の手段であった。
2)アルジェリア当局が沈黙を守ったのは、武装勢力が大量の武器で武装していたため、その捜査上、秘密性が重要であったからだ。リビアやチュニジアに武器庫がある可能性があった。秘密裏に武装勢力の侵入経路を辿った結果、チュニジア南部に大量の武器を隠匿している武器庫が発見された。
3)私達の住むインサラ(アルジェリア南部)は、マリ及びニジェールとの国境が近く、カダフィ政権の崩壊以来、不安定な治安状況の中で暮らしている。私達の地域には現在も稼働中の天然ガス施設が3つあり、外国人が多く居住しているが、400人以上いた彼ら外国人労働者は、それ以来国外退去を余儀なくされた。それぞれの天然ガス施設は、今回攻撃を受けた施設と同じ規模のものだ。その上更に3つの施設が建設途上であるが、その建設を監督する外国人が去り、労働者は解雇されてしまった。この面でも、問題は残されたままだ。
4)問題の根本原因はフランスがもたらしたと言える。NATO軍と共にカダフィ体制を崩壊させたのはよいが、リビアに混乱をもたらしただけで、カダフィの武器庫に多数収蔵されていた武器の管理をおろそかにした。このため、武器はあらゆる方面に拡散し、テロ組織はいともたやすくそれを手にすることができた。その上で、仏はマリに軍事介入し、トワレグ族とテロリストの区別をすることなく攻撃した。
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友人は、重ねて深甚なる弔意を表しつつ、下記のアルジェリアテレビ報道映像を紹介してくれた。

アルジェリア当局が押収した武装勢力の装備品

人質と思われる人々の遺体
(悲惨な映像であるため、視聴されないことをお薦めします)

サウジ初の「国産トラック」

いすゞ自動車のサウジアラビア現地法人Isuzu Motors Saudi Arabia(IMSAC)は、同国東部地区ダンマンの第二工業団地内にある。12日、そこにアッラビーア商工相ほかサウジ側要人、日本側関係者、来賓など多数を集めて工場開所式が盛大に行われた(同社プレスリリース)。
今朝偶々「アルイフバーリーヤ」チャンネル(国営TV)を視ていたら、「サウジアラビアで初の『Made in Saudi Arabia』自動車!」という触れ込みで、この祝賀会の模様を大きく報道しているのが目にとまった。開所式で発表されたサウジアラビア国産第一号車は、いすゞの中型トラックである(写真)。同社プレスリリースによると「フォワード」と呼ばれる型式のようだ。初年度は600台の生産を計画、その後大型、小型と順次車型を増やし、将来的には湾岸諸国への輸出も視野に、年間25,000台規模の生産を目指すという。
アジア人労働者だけでなく、是非ともサウジアラビアの若者が多数生産現場に関わることができるようプロジェクトを進めてもらいたいものだと思う。モノ作りの伝統のない同国として画期的な出来事であることに間違いはない。アッラビーア商工相はインタビューに対し、「歴史的な偉業だ」と答えていたが、事実、その通りだ。その第一号車が日本車であったことは私達の誇りでもあり、サウジ国民と共にお祝いしたいと思う。
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alrriyadh.com
このニュースを見ながら思い出したのは、20年近くも前から16年前ぐらいまで、私がアラブの賓客と繰り返していた某自動車メーカーの本社工場等への訪問である。
わたしのお客さんたちは、口々に「湾岸にはものすごい量の貴社製自動車が輸入されている。なぜ現地生産しないか!」と尋ね、そして進出を促していた。これに対し対応した担当者は「たくさん買っていただきありがとうございます。しかし、あなた方にとっては大量と思われるかもしれませんが、世界シェアで言えば、中東全体で言っても5%に過ぎないのですよ」と具体的な説明をするのはよい方で、大体は、「そうですねー。検討するように上の方へ言っておきますか〜。」といった反応で、バカにした笑いが後ろから聞こえてくるような態度だった。「その程度の市場へ」、「中国やBRICSが伸びている今、誰がリスクの塊のような中東に進出するか」、という認識が支配的だったのではないか。
もちろん、乗用車とトラックでは事情が異なるのであろうが、いすゞは、早くから中東北アフリカ地域で地道に活動している会社のひとつである。上記の工場訪問をする前、わたしがチュニジアに駐在していた時から、いすゞは現地にその足で立っていた。
世界的な不況と金融危機の中、今やオイルマネー有り余る湾岸地域へ詣でる日本企業が押すな押すなの状況である。時代はあっと言う間に変わるものだ、と感じた。