◆チュニジアの与党党首が決意示す◆
チュニジア政権与党・アンナハダのガンヌーシ党首が「宗教活動は政治から完全に分離されるべきだ」と述べて、今後は党の活動を「政治的イスラム」から「イスラム教徒による民主政治」に転換していく決意を示した。5月の党大会を前に仏ルモンド紙のインタビューに答えたものだが、イスラム世界では、大いに物議を醸す発言だ。発言に対する批判の主旨は、イスラム主義者がイスラムを捨てられる筈はない。それは「タキヤ(迫害下では信条を隠す嘘をついてもよい)」の一種で、宗教活動は地下に潜るだけだ、というもの。イスラムの最も基本的な原則に「政教一致」がある。そこで「政教分離」(=世俗主義)はご法度、と考えるイスラム教徒は多く、それが「わが憲法はコーラン」というイスラム過激主義の源流・ムスリム同胞団を大きくさせた理由のひとつだ。この原点から出発したアンナハダ創設者が、今後「宗教活動はしない」というのだから、その発言の持つ意味は小さくない。
◆政教一致からの脱却◆
ガンヌーシ党首はそのようにすることで「政治家はもはや政治に宗教を利用した、と糾弾されずに済む。また宗教が政治の人質に取られる事態もなくなる」と指摘した。ムスリム同胞団の誕生(1928年)から約90年。イスラム過激主義が到達した卓見である。また、この方針は降って沸いたものではない。アンナハダは制憲議会選挙で第一党となった直後の2012年3月、新憲法の主要な法源にイスラム法を採用することはない、と宣言し実行した。つまり、政教一致の体制を築くことを公約して選挙に勝ったイスラム政党の政権がことごとくクーデターによって転覆されたアルジェリア、スーダン、エジプトなどの轍を踏むことなく、チュニジアのアンナハダは漸進的なイスラム化を目指す、として存続を続けているのである。この間、エジプトのムスリム同胞団は厳しい弾圧で壊滅状態。同胞団の政治活動が公認されていたヨルダンでも非合法化された。過激主義の居場所はなくなっている。
◆民主と独裁のジレンマの中で◆
選挙という民主的手段で政権に就いた瞬間から「神の法」を強制し、「神の名」による独裁を開始する。それは「他者排斥の政治だ」と現地の評論家は指摘する。エジプトの例が示す通り、排斥された側の「多数」は、軍による実力行使を拍手喝さいして受け入れるのである。民主主義を実践すれば宗教的独裁が誕生し、民主主義を回復したいと思えば軍事的独裁の助けを借らねばならぬとは、悲しい現実である。そのような風景を前にして、「イスラム教徒の民主主義」を標榜するアンナハダの取り組みは、新鮮であり、かつ期待が持てる。チュニジアほど「世俗化」の進んだ国だからこそ生まれた政策方針なのかもしれない。「他者と共存できるイスラム政党」は、単に戦術的なリップサービスではない。活動の地下組織化でないことと併せて、徐々に理解されることだろう。