安田純平氏解放交渉の「仲介者」とは

◆「第三者のジャーナリスト」を自称

ジャーナリストの安田純平氏拉致犯からのメッセージは最近2度あり、それは本人のビデオ映像(3月16日)と、救出を求めるメッセージを掲げた静止画像(5月29日)であった。この2つの映像はいずれもターリクというシリア人ジャーナリストが、自らのフェイスブックを通じて公開した。そこで、私は2回目直後よりこの人物と接触し、意見交換を続けてきた。ターリクは、客観報道を謳ってはいるものの、「シリア革命」の成就を願って活動している反体制側・草の根ジャーナリストのひとりだ。激戦の末、政府軍に蹂躙されたシリア北部、トルコ国境に近いジスル・シュグールを逃れ、トルコ領内で戦況を発信している。ターリクは、安田氏のビデオ映像と写真は拉致グループに属さない仲介者が、ターリクを信頼するがゆえにもたらしたものであり、彼自身は拉致グループとは関係がないばかりか、安田氏の所在など何の情報も有していない、と言う。ただ、人道上誘拐・殺害などがあってはならないし、「革命」の面汚しでもあるので、解放を目指し、仲介の労をとっているまでだ、と説明するのだ。

◆「身代金支払い以外ない」

この「仕組み」は、2001年同時多発テロ直後、ビンラディンの映像がアルジャジーラにもたらされていた時代を思い出させる。インターネットがまだ発達していなかった時代、テロリストは無名の第三者にビデオテープを預け、アルジャジーラのカブール支局に届けよ、と依頼した。ターリクの話を額面通り受け止めるなら、当時のアルーニ・カブール支局長同様、テロリスト(拉致グループ)とは無関係ということになる。しかし、腑に落ちないこともある。それは彼が拉致グループの要求を語るとき、すなわち身代金支払い以外に解決策はない、と述べる際には、実質的には拉致グループの一員のように見えることだ。常識的に考えて、犯人側が自分たちの息のかかった者以外に映像を渡したりするであろうか? 「仲介者」なり、「ジャーナリズム」なりの言い訳は、当局の摘発を逃れるための都合のよい隠れ蓑に過ぎないのではないか? そんな疑惑が頭をよぎる。これと全く同じような嫌疑をかけられたのがアルーニ記者であり、「アルカイダに協力した」として後にスペイン当局による突然の逮捕と拘禁生活に大いに苦しんだのであった。

◆解決に3年かかった例も

拉致グループ側が設定した次の期限は今月末。ちょうどラマダン月の明ける頃である。身代金交渉が進展しなければ、イスラム国(IS)と捕虜交換する、と脅している。ターリクによれば、拉致グループであるヌスラ戦線がこれまで人質を処刑したことはなく、また、ISに売り渡した事例もないとのこと。北アフリカの別の過激主義グループに拉致されていたフランス人記者の解放には3年がかかった例もある。粘り強い交渉が必要だろう。ターリクは、日本政府が身代金支払いに否定的であることはよく知られており、残り時間は少ないと言った。全力を挙げているとする政府発表とは対照的だ。シリアの戦線では至る所で絶望的な非人道行為が行われている。その中にあって、いつ安田氏に不測の事態が発生しないとも限らない。我々は、関心を持ち続けたい。 

「他者と共存できる」イスラム政党

◆チュニジアの与党党首が決意示す◆

 チュニジア政権与党・アンナハダのガンヌーシ党首が「宗教活動は政治から完全に分離されるべきだ」と述べて、今後は党の活動を「政治的イスラム」から「イスラム教徒による民主政治」に転換していく決意を示した。5月の党大会を前に仏ルモンド紙のインタビューに答えたものだが、イスラム世界では、大いに物議を醸す発言だ。発言に対する批判の主旨は、イスラム主義者がイスラムを捨てられる筈はない。それは「タキヤ(迫害下では信条を隠す嘘をついてもよい)」の一種で、宗教活動は地下に潜るだけだ、というもの。イスラムの最も基本的な原則に「政教一致」がある。そこで「政教分離」(=世俗主義)はご法度、と考えるイスラム教徒は多く、それが「わが憲法はコーラン」というイスラム過激主義の源流・ムスリム同胞団を大きくさせた理由のひとつだ。この原点から出発したアンナハダ創設者が、今後「宗教活動はしない」というのだから、その発言の持つ意味は小さくない。

◆政教一致からの脱却◆

 ガンヌーシ党首はそのようにすることで「政治家はもはや政治に宗教を利用した、と糾弾されずに済む。また宗教が政治の人質に取られる事態もなくなる」と指摘した。ムスリム同胞団の誕生(1928年)から約90年。イスラム過激主義が到達した卓見である。また、この方針は降って沸いたものではない。アンナハダは制憲議会選挙で第一党となった直後の2012年3月、新憲法の主要な法源にイスラム法を採用することはない、と宣言し実行した。つまり、政教一致の体制を築くことを公約して選挙に勝ったイスラム政党の政権がことごとくクーデターによって転覆されたアルジェリア、スーダン、エジプトなどの轍を踏むことなく、チュニジアのアンナハダは漸進的なイスラム化を目指す、として存続を続けているのである。この間、エジプトのムスリム同胞団は厳しい弾圧で壊滅状態。同胞団の政治活動が公認されていたヨルダンでも非合法化された。過激主義の居場所はなくなっている。

◆民主と独裁のジレンマの中で◆

 選挙という民主的手段で政権に就いた瞬間から「神の法」を強制し、「神の名」による独裁を開始する。それは「他者排斥の政治だ」と現地の評論家は指摘する。エジプトの例が示す通り、排斥された側の「多数」は、軍による実力行使を拍手喝さいして受け入れるのである。民主主義を実践すれば宗教的独裁が誕生し、民主主義を回復したいと思えば軍事的独裁の助けを借らねばならぬとは、悲しい現実である。そのような風景を前にして、「イスラム教徒の民主主義」を標榜するアンナハダの取り組みは、新鮮であり、かつ期待が持てる。チュニジアほど「世俗化」の進んだ国だからこそ生まれた政策方針なのかもしれない。「他者と共存できるイスラム政党」は、単に戦術的なリップサービスではない。活動の地下組織化でないことと併せて、徐々に理解されることだろう。  

石油と中東情勢

◆中東情勢が原油価格に与える影響は小さい

中東情勢を研究していると明かすと、原油価格の動向について質問されることが多い。日本は輸入量の9割方を中東に依存しているので、「アラブ=アブラ(油)」というステレオタイプが普及したことは仕方がない。しかし、原油価格は実需とは何の関係もない世界の投機マネーの動向により左右されているだけでなく、生産量上位の国の顔ぶれを見れば、①米国、②サウジアラビア、③ロシア、④カナダ、⑤中国であることからもわかる通り、石油は中東地域だけでなく、世界各地で生産され、消費される「コモディティ」(商品)である。6位以下を見ても、ブラジル、メキシコといった非OPEC諸国が生産量を伸ばしたため、アラブ諸国が中心となって1960年に設立した価格カルテルOPECが価格支配力を失って久しい。4月17日にドーハで会合した主要産油国は「増産しない合意」すらできなかったが、市場は一旦下落の後、予想外の上昇に転じた。

◆原油価格が中東情勢に与える影響は大きい

このことからわかるように、中東の情勢が原油価格動向に与える影響は極めて限定的だ。しかし逆に、原油の動向が中東情勢に与える影響は絶大である。最近、シリア、イエメンで相次いで停戦合意が実現したのは、その理由を一つだけに限定できないが、両戦線の主要なプレーヤーであるサウジアラビアが、戦費の負担に耐えかねて手仕舞いを図ったからだ。石油モノカルチャーから脱していないサウジアラビアの財政は、油価の低迷で急激に悪化している。各種補助金は削減され、これまでのような高福祉国家の体制を維持することはできないだろう。多くの途上国は石油が出たばかりに開発が阻害されている。「石油の呪い」であるが、その典型例イラクでは、有数の確認埋蔵量に恵まれながら、石油資源があるばかりに侵略を受け、宗派間対立が煽られ、現在は支配階級に変わったシーア派内部で富の分配を巡って激しい対立が起きている。その上で国のほぼ唯一の収入源たる原油の価格がここまで下がっては、復興のための各種プロジェクトも立ち行かない恐れがある。

◆「枯渇後」に備え石油単一経済脱却の動きも

一方で、「枯渇後」を見据えた経済多様化の動きがある。最近の油価低迷がドバイの経済活動にどれほど悪影響があるか、専門家と意見交換したが、ドバイ在住のこの経済紙専門家は「例えばエミレーツ航空の燃費は大幅に下がって好利潤を生んでいる。かつては、油価の下落と景気後退は直結していたが、非石油部門が拡大した結果、歴史的にも初めて、プラスとマイナスの効果を比較考量しなければならない経済に育った」と述べた。また、アブダビは2011年に設立された国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の本部(事務局)をホストして、再生可能エネルギー先進国としての道を歩んでいる。われわれは中東に関する「思考停止」を脱却しなければならない。

ヒズボラ(神の党)恐れる湾岸諸国

◆「暗殺」が動かす中東の歴史

暗殺(assassination)という言葉が、11世紀のペルシャで暗躍したアサシン教団に由来することが示すとおり、中東の歴史は武装宗教集団が既存の秩序を破壊し新たな時代が始まる、というサイクルを繰り返している。それは今風に言えばテロが歴史を動かしている、ということであり、現代に生きるわれわれもそのパターンから逃れることはできない。シリアとイラクを中心に猛威をふるうイスラム国とその源流であるアルカーイダ系の諸集団の活動は、中東の領域を超えて欧州やアジアにも及ぶ。そこでロシアは、停戦に応じても「対テロ」作戦は続ける必要があるとして、シリア反政府勢力への空爆を事実上継続している。この残忍な民間人殺傷がテロとみなされないのは、ロシアが正統性を有する国家権力であって、正義の戦い、国際法に基づく戦いをしているからだ、という論理に基づくが、その一方で、シリア政府軍と共闘しているヒズボラというテロ組織の非合法性は忘れ去られている。

◆イラン神権政治のロボットアーム

ヒズボラ(「神の党」の意)は、1980年代前半にイラン神権政治がレバノンのベカー高原に創設した紛れもない非合法武装集団で、米国その他の主要国がテロ組織に指定している。政情の定まらないレバノンにおいては合法政党として多数の議員を国会に送り込んでいるが、やっていることは、士気が落ちかかったシリア政府軍を見事に支えたダマスカス近郊での勇敢な戦闘、イスラエルへのロケット弾発射などであり、シリア内戦の主要なプレーヤーである。つまり、ロシアはテロ組織と共に、「もうひとつのテロ」と戦っているということになる。またヒズボラやイランは、湾岸アラブ諸国にも地下細胞としてのヒズボラ別動隊を組織し、テロ攻撃を実践してきた(96年アルコバル米軍施設爆破事件など)。要するに、ヒズボラとはイラン神権政治が「革命の輸出」を図る上での「ロボットアーム」なのだ。

◆シーア派住民の扇動警戒

イランが国際社会に市民権(制裁解除)を得て、ロシアの参戦でシリアのアサド政権とヒズボラも息を吹き返したという現状下、サウジアラビアを盟主とする湾岸諸国は「革命の輸出」(=シーア派による組織的テロ)をかつてなく恐れている。これらの政権はスンニ派、シーア派いずれのテロリズムにも反対しているが、自らに火の粉を被らないテロであればスンニ派のテロ(イスラム国、アルカーイダ)には同情的だ。他方、シーア派テロ組織たるヒズボラがこれ以上力を得てはならないとの危機感から、3月上旬、GCC情報相会議は、ヒズボラの宣伝とみなされるあらゆる報道を禁止する共通のメカニズムを立ち上げることを合意した。人口の過半数をシーア派住民が占めるバーレーン、油田の集中する東部地区に全人口の10%に相当するシーア派住民が住むサウジアラビアなどで、「分離主義」が煽られるならば、それは「アラブの春」第3幕の始まりに他ならないからである。

解き放たれたイランの神権政治

◆経済制裁解除がもたらすもの

イランは、神の意志を正しく解釈できる(!)という聖職者によって統治されている珍しい国だ。バチカンというカトリック聖職者の「国」が、他国を攻撃する軍隊を持たず、その宗教的メッセージは概ね世界平和に貢献しているのに対し、イランはロウハニ大統領(聖職者)よりも高位の最高指導者ハメネイ師の裁可の下、イラク、シリア、イエメン等に戦闘員を送り込み、また、現地の武装組織を支援して戦争を指導し、地域を大いに不安定化させている。1979年にこの政権が誕生して以来、中東のアラブ諸国と欧米は「革命の輸出」を許さない、と一貫して封じ込め政策を続けてきた。しかし1月、同国は核兵器開発を当面断念することの見返りに、長年苦しんできた経済制裁から脱却した。「泣く子と地頭には勝てぬ」というが、「悪の枢軸」(イラン)は「大悪魔」(米国)を完全に押し切った感がある。

◆「地域覇権狙う」 米当局者が指摘

イラン・イラク戦争が起きたのも、スンニ派アラブ諸国の連合体たるGCC(湾岸協力会議)が創設されたのも、すべてはこの神権政治の脅威が原因であった。この37年間の歴史と、現実に今、イランがどのような行動で近隣諸国に政治的、軍事的に介入しているかを考慮すれば、制裁解除など考えられないというのが湾岸アラブ諸国の本音である。先日、モレルCIA前副長官は米議会公聴会で「地域覇権を狙うイランの野望」に注意すべきと発言したという。ならば米国もそのことを知らずにナイーブな外交をしている訳ではなかろう。「世界はより安全になる」というオバマ大統領の発言の裏に、イラク戦争に勝ちながら、イラクの権益から排除されて大損害を被った米国の政策決定者が、「借りはサウジアラビアで返そう」などとサウジの体制転覆を考えていないことを祈るほかはない。

◆シーア派過激主義にも警戒を

シーア派とスンニ派の対立が教義をめぐる宗派対立であるとの説明に間違いはないが、シーア派の興りが、誰がイスラム国の統治者となるか、との政治闘争そのものであったこと、及び、ペルシャ民族の覇権を拡大すべくサファヴィー朝の創始者イスマーイール一世(在位1501-24)がイランを意図的にシーア派化した事実を忘れてはいけない。これは宗教の問題である前に覇権争いなのだ。イランの神権政治が猛威を振るう限り、スンニ派アラブ政権下にシーア派住民が「隷属」する諸国に平和はない。そのことは、イラク政治の戦争終結後10年以上の混迷と、シリア内戦に解決策が見いだせないことだけを見ても自明である。「イスラム国(IS)」やアルカーイダというスンニ派過激主義者の問題のみに目が奪われている間に、シーア派過激主義(特に武装民兵組織たるヒズボラなど)が市民権を得るという奇妙な展開となっている。唯一楽観的過ぎる期待をするならば、「太陽と北風」の例えにある如く、世界に開かれたイランとなることで市民が目覚めることであろうか。