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ボストンマラソン爆破事件

事件に巻き込まれて亡くなった方のご冥福と負傷された方々への心からのお見舞いに言及した上で、事件の持つ意味について取り敢えずコメントします。
平和の祭典とも言える市民マラソンのフィナーレを狙った凶行は、冷血で、非人道的、どのような理由があろうと世論の支持を得ることはできないと思われるが、仮にこれが中東系、イスラム系過激組織の犯行であったとすれば、それは古い水掛け論を再び俎上に載せることになるかもしれない。
シリアにおける暴力の応酬は、政府が市民を無差別にロケット弾で殺害するという「国家テロ」に、アルカーイダ系の「テロ組織」がサウジやカタール、そして欧米の支援を得て爆弾や軽火器で戦う、異常なものとなっている。その、反体制勢力側の劣勢をどうやって欧米が支援できるか、という議論が注目を浴びようとしているときの出来事である。
2001年、9.11事件が起きる以前からある伝統的なイスラム教徒の感情は、イスラム世界は欧米(キリスト教徒)の攻撃に晒されており、米国が実行していることはまさに「国家テロ」であり、これに対する自衛行為であるジハード(=武装闘争)は、テロでない、というものである。この認識に基づき、アルジャジーラをはじめとするアラビア語メディアは今日でも、明らかなテロ事件を報道するに際して、「テロ」と言わず「攻撃」という中立的表現を好んで使う。
唯一アッラーが世界の主であるという世界観の影響もあろうか、国家という組織による一定の秩序を認めたらがらないイスラム過激主義者にとっては、米国が今も中東のあちこちで起こしている残忍な「テロ」の方が問題であり、ボストンマラソンで無辜の市民に犠牲者が出ても止むを得ない、という論理になるだろう。これは、イラクで起きている無差別の爆弾テロにおいても同じ論理である。
米国が攻撃されなければならない理由はいくつもある。
1. イラク戦争から10年。正当な理由なく開始されたイラク戦争で死んだ多数の無辜の市民の無念を思えば、ボストン市民の痛みがどれほどのものだと言うのか?
2.米国が無人機によって続けているアフガニスタンやイエメンでのテロリスト狩りで殺されている無辜の市民に世界の同情や支援はあるのか?
3.米国が無制限の支援をしているイスラエルによる野蛮な爆撃で死んだガザ地区の多くの子供たちの無念を思えば、マラソンランナーの痛みがなんぼのものか?
(上記はテロリストがこう考えても不思議ではない、という意味でご紹介したのであって、筆者の意見ではありません。)
この事件が組織的犯罪であることは間違いなく、米国を再び対テロ戦争に引き摺り込もうとする勢力が背後にいるのだろう。シリア、イラク、イスラエル、イラン、アフガニスタン、アルカーイダ、北朝鮮、ブラックウオーター(米の民間傭兵部隊)など、さまざまな要素とイメージが頭をよぎる。

尖閣へのプレス・ツアー

FBにアラビア語でコメントしたことで、当然ながら幾人かのアラブ・メディアの友人たちからの反応が直ちにあった。
中でも、この欄で時々話題にするパンオリエントニューズ(Panorientnews)のアズハリ代表と有意義な意見交換をすることができた。同氏によれば、国際メディアの報道が北京寄りになるのは自明のことであり、その理由は国際ニュースは主要英字メディアが独占しており、その翻訳に頼らざるを得ないこと、そして、各社の北京発のニュースが、共産党独裁政権下で配信を許されたニュースであるため、中国政府の立場を反映したものとなってしまうことであるという。確かにその通りだと私も思う。そこでせめて東京からアラブの主要メディアにニュースを配信している貴殿は中立的に、日本の立場を正しく伝えてほしいと頼んだら、こんな記事を書いたと見せてくれた最新記事には「係争地」という言葉がしっかり入っていた(笑)。
Pan Orient News の記事(アラビア語)
それはないだろうと意義を唱えたところ、彼自身が「中立」であり、「日本政府のラッパ」でないことを示すためにも、それは絶対に取り去ることのできない表現だという。冗談のようだが、日本の新聞が「イスラエル」と書かず、「占領されたパレスチナ」と彼の国を呼ぶようになるなら、喜んで「係争地」呼ばわりはやめてもいい、とまで。これは、裏返せば、日本政府が国内向けに勝手に主張してきた、「領土問題は存在しない」という立場は、国際的にまったく信用されてもいなければ、認識すらされていない、ということを意味している。それが係争地だ、という認識は、「イスラエル」のように根付いているというのだから!
アズハリ氏からは、「一度尖閣への東京駐在記者のツアーを求めたが政府に拒否された。(日本の領土だというなら、一般国民も含め)記者の渡島を制限するようなことはすべきでなかろう。」という指摘もあった。政府は、これまで問題の棚上げ方針、という役人にとっては一番都合のよい方法で問題を先送りしてきたが、この件についての立場をきちんと表明するということと、問題をプレイアップすることとは全く別物である、ということにもっと早く気付くべきではなかったか(おそらく、気づいていながら放置していたのだが)。
おびただしい漁船がうんかのごとく押し寄せようかという今、日本の実効支配の実情と中国側の言いがかりの根拠のないことは、しっかりと国際社会に訴えなければならない。その方策として、外国プレスツアーを実施することは、極めて効果的だと膝を打った次第である。検討に値すると思う。